2011.02.22 - sportsnavi - 羽生結弦が16歳にして持つ武器 (青嶋ひろの)

世界の強豪を抑えて堂々の銀メダル

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フリーで4回転を決めるなど、堂々の演技で銀メダルを獲得した羽生結弦【写真:ロイター/アフロ】
「もう、驚くしかないじゃないですか! ショートプログラム3位であんなに驚いたのに、総合で2位……。なんだか、恐れ多いくらいの気持ちです(笑)」
 とは、フリー終了後の羽生結弦(東北高)のコメント。「驚くしかない」そんな気持ちは、見ていたこちらも同じかもしれない。日本からは高橋大輔(関大大学院)、小塚崇彦(トヨタ自動車)、さらに米国からジェレミー・アボット、アダム・リッポンと豪華メンバーがそろった四大陸選手権。これほどの大舞台で、シニア1年生・羽生結弦が堂々の銀メダル獲得である。
「でも小塚選手は、これがシーズン最後の試合じゃない。世界選手権に向けての調整として臨む、ってこと、試合前から聞いていました。だけど僕はこれが最後で、力を振りしぼらなくちゃいけない大会。立場は全然違います。だから今回は順位というよりも、フリーで4回転と2度のトリプルアクセルが入ったことが、来シーズンに向けての大きな自信になったかな」

 そう、驚いたことにフリーでは、昨年10月のNHK杯以来となる4回転ジャンプに成功。しかも全員挑戦した日本選手3人のなかでただひとり、どころか、男子の出場選手20人の中でたったひとりの4回転成功者となったのだ。
「今日の4回転は……跳んでから降りるまでが、すごく長かったな。シーズン締めくくりの試合で降りられて、ほんとよかったな……感動! って感じです」
 大人になる前の軽い体がジャンプに有利な女子選手と違い、男子はしっかり筋肉の付いた体が出来上がり、力も強くなってから、やっと4回転を身に付ける選手がほとんど。今回は日本のふたりに加えて、ジェレミー・アボット、ケビン・レイノルズ(カナダ)ら、20歳以上の4回転ジャンパーたちがそろって苦戦する中、16歳の羽生が加点の付く美しい4回転を見せてしまった――これはほんとうに脅威的なことなのだ。

ショートプログラムで見せた存在感
 そして彼は、跳べるだけでなく華もある。今大会で特に印象的だったのは、高橋大輔の直後に滑ったショートプログラムだろう。世界チャンピオンが「最初から最後まで気持ちよく滑れた」と自賛する演技で、会場が沸きに沸いたその直後。ジュニアチャンピオンといえど、シニアのチャンピオンシップ初出場の選手にとっては、どう考えても酷な状況だ。しかしそんな場面だからこそ、負けず嫌いの羽生結弦は発奮する。
 スタート地点で見せたのは不敵といっていいほどの面構え。そしてしっとりとした和風アレンジの「白鳥の湖」が流れれば、彼のスケーターとしての存在感は、高橋に引けを取らないものだった。
 見る人の印象に強く残るよう、阿部奈々美コーチが作り上げたプログラムは、大胆かつ派手な動きも多い。それを、まだ少年っぽさの残るすらりとした体で、嫌みなく滑りこなしてしまう。ビールマンスピンなどの見せ場も多く、16歳でこれだけ見せられれば、あとは年を重ねていくだけ。心身が成長すればするほど、どんどん味わいを増していくだろう。
「来シーズンも、奈々美先生に選んでもらった曲を、しっかり自分のものにしていきたいです。ジャズを滑ってみたいかな、なんて希望もあるけれど……先生がなんて言うかは、分からないな(笑)」

課題は体力の向上

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表彰台で言葉を交わす羽生と、大会金メダルの高橋大輔【写真:AP/アフロ】
もちろん課題も少なくない。ショートプログラムよりも2分近く長いフリーでは、体力不足という弱点が顕著に出てしまった。4回転やアクセルは成功させたものの、ルッツなどいくつかのジャンプでミス。プログラム表現の面でも、ショートプログラムほど一分のすきも見せない演技、というわけにはいかなかった。疲れてスピードが落ちれば、彼独特の世界に観客を引き込みきることはできないし、振付けをこなすのに必死な表情を見せれば、彼がまだ16歳だということを思い出させてしまう。
「このきついフリープログラムを、シーズン最後には滑りきれるようにしたかったのに、今回も……。これまで何度も言ってきたことですが、もっと上に行くための課題は、やっぱり体力ですね。今年のオフシーズンは、走りこみ、滑りこみを、もっとしっかりしないといけないです」

10代の選手には珍しい、安定した精神力
 ジャンプが跳べて、体の柔らかさを生かした表現ができる。試合に向かっていく負けん気もあれば、シニア1年目から結果を出してしまう勝負運もある。そんな羽生結弦のさらに大きな武器は、自分というスケーターをよく知っていること、バランスのとれた安定した精神力を持っていることだろう。
 10代の選手たちは、どんな天才であっても、見ていてとても危なっかしい。シニアに上がりたてのころの高橋大輔の不安定ぶりは懐かしい語り草だし、トリノ五輪前後の安藤美姫(トヨタ自動車)もずいぶんアップダウンが激しかった。ここ数年の浅田真央(中京大)がたくさんの人をやきもきさせたことも、ご存じのとおり。才能に恵まれたアスリートといえど、10代の心は、国際舞台にたったひとりで立ち向うにはまだまだもろすぎるのだ。

 しかし羽生結弦は16歳にして、見ていてすでに安心感がないだろうか。「強くなりたい!」、その意思をしっかり持ち、そのために自分が何をすべきか、どう生きていくべきかをしっかり考え、行動に移すことができる。
 たとえば彼の表現は、高橋大輔のように半ば天性のもの、とは違う。ごくふつうの日本の男の子と同じく、踊ることには照れがあるし、自分を目いっぱい前に出せる大胆さはないけれど、勝つためにはそれが必要だと知り、きちんと身につけようとしてきた。その結果、彼は“表現技術”を手に入れた。試合後、報道陣を前にしても、「高校1年生でこれだけ話せるとは」と大人たちがうなるほど、いつもしっかりした言葉をはく。
 きっと羽生結弦は、精神的にも技術的にも大きく崩れることなく、五輪まで確実な歩みを見せてくれるだろう――これほど見ていて不安を感じない日本人選手も、珍しくはないだろうか。

日本男子のさらなる黄金時代へ
 ここ数年、高橋大輔の後を追いかけるように、織田信成(関大)、小塚崇彦……さらに多くの男子選手たちが大きく躍進した。同じように今、羽生結弦の背中を見つめながら、高校生の田中刑事(岡山理大付高)、日野龍樹、木原龍一(ともに中京大中京高)、少し下から中学生の宇野昌磨(グランプリ東海ク)らが、メキメキと実力をつけ始めている。そんななかでの羽生結弦、四大陸選手権2位――この記念すべき出来事も、彼らにとって大きな刺激となるだろう。羽生結弦を核として、たくさんの10代の選手たちがひとつの黄金世代を築きながら、競いあいながら育っていくのだ。
 3月、世界選手権に出場する3人のオリンピアン、さらに無良崇人(中京大)、町田樹(関大)ら20代たち。そして羽生を中心とした10代たち。彼らが真っ向からぶつかり、見たこともない激しい火花を散らせる日本男子のさらなる黄金時代が、幕を開けようとしている――高橋と羽生が並んで立つ2011年四大陸選手権の表彰台を、そんな思いでうれしく眺めた。

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