2011.08.01 - Number web - フィギュア慈善公演で東北に元気を 被災地に届いた羽生結弦の真心 (松原孝臣)

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自らも被災した仙台市出身の羽生。4日間の避難所生活も経験した (Atsushi Hashimoto)

7月27日、青森県八戸市の新井田インドアリンクで、フィギュアスケーターたちによるショー「THE ICE」が開催された。
 東日本大震災のチャリティー公演として行なわれ、青森、岩手、宮城各県から、仮設住宅などで生活を送る1400名の被災者を無料招待。あわせて、3県の136名の子どもたちへのスケート教室も実施した。
 ショーには、浅田真央、小塚崇彦、村上佳菜子、海外からはトリノ五輪銅メダルのジェフリー・バトル、バンクーバー五輪銅メダルのジョアニー・ロシェットらが参加。浅田と小塚がペアとなって滑るなど、ショーならではの演出で盛り上げた。
 ショーのテーマは「東北に元気を」。出場した選手たちの演技はそれぞれに印象的だった。
 その中でも、強く印象に残るスケーターの一人は、羽生結弦だった。

 今シーズンのフリーのプログラム「ロミオとジュリエット」の後半部分をミスなく演じ終えて大きな拍手を浴びた羽生は、小塚らとのコラボレーションを披露するなど、たびたびリンクの上に登場。
 ショーの半ばでは、ときに言葉につまりながら、被災した人々へのメッセージを語った。
「グランドフィナーレ」では、他の出演者が退場してもなお拍手を続ける観客にこたえるため、ただ一人リンクの上に戻り、鮮やかなジャンプを決めて喝采を浴びた。
 どの姿からも、ひときわ真情が感じられた。

仙台のリンクで大震災に直面した羽生の被災者への思い。
 羽生は、仙台のリンクを拠点に活動してきた選手だ。3月11日の当日も、仙台のリンクで練習している最中だった。そのときの心境を、羽生はこのように言葉にしている。
「人間の無力さ、街が崩壊する悔しさを感じました」
 短期間ではあるが避難所で生活した時期もある。リンクも使用不可能となった。
 さまがわりした周囲のありさまに、競技を行なうことを思い悩んだ瞬間もあったという。だが、「自分にはフィギュアスケートを精いっぱいやることしかない」と心に決め、ショーが行なわれた新井田リンクなどで練習に取り組んできただけに、より、気合いが入ったかもしれない。
「自分自身、被災した方々への思いがすごい強かった。その思いを演技に組み込んで伝えられました」
 終演後の言葉である。

スポーツに打ち込む高校生たちに見てとれる震災の爪痕。
 今回のショーには、小さな子どもたちから、年輩の方々まで、幅広い年齢の人々が招待されていた。
「初めて見ることが出来て感動しました」
「楽しかったです」
 そんな言葉の中に、おそらくは高校生だろう、「自分も部活、がんばろう」というつぶやきも聞こえた。
 被災した高校生たちにとっても、3月11日以降、部活動に励むにも苦しい時間が続いてきた。
 実感したのは、6月から7月にかけてのことだ。その間、東北各地の高校の部活動の様子を取材する機会があり、指導する先生や選手、関係者の方などから、いろいろな話を聞くことができた。

 避難所生活を続けながら全国高校総体出場をつかみ、避難所でともに暮らす人々に祝福された空手部の選手。
 屋外プールを使用できない事情を理解しながら、納得のいく練習をしたいから使わせてほしいと訴え、それがかなわず最後の夏に悔いを残した水泳部員たち。
 転校などで人数が足りなくなってしまい、「北東北全国高校総体」出場のための予選となる県大会に出られなかった無念をかみしめた、様々な部活の生徒たち。
 皆それぞれに困難をかかえながら、打ち込んできた活動を全うしようとしていた。それでもどうにもならない状況にあった高校生も沢山いたのだ。

被災者への思いを込めた羽生のジャンプが「未来」を作る。
 昨シーズン、シニアデビューを果たし、国際大会で華々しい活躍をした羽生も高校2年生だ。
 自身の体験やクラスメートたちの状況から、そうしたやるせなさを、身をもって知っていただろう。だからこそ生まれた彼の格別の熱意は、被災した同じ高校生たちにたしかに伝わったのではなかったか。「自分もがんばろう」という言葉に、そんな思いを抱いた。失った時間は取り戻すことができない。でも、未来の時間は作ることができる。そんなこともよぎった。
 リンクをあとにし、八戸市内の中心部に戻る。
 すると、通り沿いをランニングする選手たちがいた。校名の入ったバッグを手に、バスを降りてホテルに入っていく選手たちを見かけた。翌28日の北東北総体開会式へ向けて、各地からやってきた高校生たちだった。
 緊張の面持ちの中にも、手にした晴れ舞台への意気込みがうかがえる。
 悔いの残らない大会でありますように。

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