2013.03.26 - ajps sportsnavi blog - 「羽生結弦が見せた精神力」 (折山淑美)

昨年12月のGPファイナルでは、出場6選手中4名を占め、高橋大輔と羽生結弦が世界選手権連覇中のパトリック・チャン(カナダ)を抑えて1、2位になった日本男子。3月11日からの世界フィギュアスケート選手権でもソチ五輪出場枠3の獲得どころか、複数のメダルも可能だと見られていた。

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 だが、氷点下の気温だったカナダ・ロンドンでは、思わぬ苦戦を強いられた。98・37点でトップに立ったチャンの他、ほとんどの選手が4回転ジャンプを確実に決めてきたSP。ロンドン入りしてからの公式練習でも4回転トーループがなかなか決まらずに苦しんでいた高橋が、4回転は回転不足になりながらも、他の要素と芸術的要素点で得点を稼いで4位に付けたのが最高位だった。期待の羽生は9位で無良崇人は11位と、ひとりでも順位を下げれば上位2名の順位合計13という3枠獲得条件を下回ってしまう状況になった。

 その中でも羽生の状況は最悪だった。大会前にはすでに、地元の新聞では指導するブライアン・オーサーや他のカナダ選手コーチの談話として、彼が膝を痛めているという報道が掲載されていた。羽生自身もSPの後でそれに触れられると、「その話はフリーが終わった後で…」と口にしていたのだ。

 状況はこうだった。

 2月11日までの四大陸選手権後にカナダへ帰ってから、5日間の休養をとって練習を始めようとした時に前から引いていた風邪が悪化してさらに5日間練習を休んだ。それが治って練習を再開したが、ハードな練習をやったために左膝の筋を痛めたのだ。そのまま2日ほど練習をしてみたが、痛みがひどいために5日間休んだ。

 ロンドン入りする前の4日間だけ練習を出来たが、そのうちの2日はスケーティングを1時間弱。残りの2日間はジャンプ抜きでプログラムを通して滑っての体力作り。ジャンプは左足を使わないループのみは3回転を跳べたが、他は2回転に止めていた。4回転を跳び始めたのは痛み止めを服用するようになったこの大会の公式練習からだったのだ。

 羽生のSPの演技には力みがあるようにも感じた。腕の動きには持ち前のしなやかさがなく、荒っぽい動きになっているように見えたからだ。その質問に羽生はこう答えた。

「SPは力みというより、不安がものすごかったですね。ブライアンもずっといろいろ言ってくれていたけど、それも耳に入らないくらい緊張していて。久しぶりに無理しても笑えないくらいだったし、あそこまで自分で自分を追い詰めたことは無かったと思います」

 その結果が9位。

「日本チャンピオンとしてこの舞台に立ち、3枠獲得に貢献できなかったら本当にどうしようもない。ダメだったら、今までやってきたことも無になってしまう。フリーで挽回しなければ」という気持ちになった羽生だが、フリーの前にはそれに追い打ちをかけるようなアクシデントも発生した。最後の公式練習で4回転サルコウを跳んで転倒した時、右足首を捻ってしまったのだ。

 両足に痛みがある状態。フリーは直前の6分間も良くなかった。トリプルアクセルと4回転トーループでは転倒もした。

「6分間練習もボロボロだったので、正直言って4回転を跳べると思わなかった」と振り返る羽生は、そのグループの1番滑走者だったが、2つ目の4回転ジャンプであるサルコウを回避するという作戦も取らなかった。「構成を落せば安定するだろうとは思ったけど、リズムを崩したくなかった」という理由からだ。

「SPでは申し訳ないことをしたと思っていたし、責任感というものも凄く感じていた。今やらなきゃ後悔すると思ったんで、なんとしてでもジャンプだけは決めてやると思っていましたね。正直、4回転の確率は低かったし、トーループも跳べてなかったんで、それをやるというのはハッキリ言って挑戦でした。でも挑戦しても失敗してしまったら何の意味も無いしダメだから、全力で挑戦して全力で決めなければダメだと思っていたんです」

 こう話す羽生は、最初の4回転トーループを何とか決めた。そして次の4回転サルコウも回転不足となりなりながらも手をつくだけに止めた。そしてその後は「スタミナ温存を意識した」といつもよりスピードを落として各要素を確実にこなすことに集中した。そしてフリー3位となる169・05点を獲得し、合計を244・99点にして4位に食い込む底力を見せたのだ。

 演技後力尽きた羽生は、氷の上にはいつくばって荒い息を吐き続けた。

「普通の状態だったらこんなのでは満足でないというのはあるけど、とりあえずやり切ったという達成感はありました。滑っている時は4回転で力を使ったので体力が最後まで持つ気がしなかったから、かなり力を温存したけどジャンプをやり切って最後で笑えるようにしたいと思っていたんです。だから演技中は、『ホントに体力がないな』と思って滑っていましたね。でも終わってみればトーループを決めてサルコウは手つきだが耐えられたというのは初めてだったので、正直嬉しかったですね」

 今回は本当に練習が大事だと思った。その反面、1年間やってきたことは1ヶ月くらいでは無くならないものだ、とも思ったと言う。

 だが、終わってみれば、膝のケガをした時が0%とすればようやく20〜30%になったくらいという状態にもかかわらず、3位のファビエル・フェルナンデスと4・07点差という結果。それをみて羽生は、「何でSPでミスをしてしまったんだろうと思いますね。フリーの時の頭の状態と精神的なコンディションだったら、もしかしたら表彰台まで手が届いたかなと思うので、その点では日本のファンの皆さんに申し訳ないなと思っています」と苦笑するのだ。

 満身創痍という状態で見せた彼の精神力の強さ。それは高く評価されるものである。そして日本チームも、高橋がフリーを失敗しながらも6位に止めて、無良も8位まで順位を上げてソチ五輪の3枠確保は果たした。それに最も貢献したのは、羽生だったと言って間違いは無い。

 大会前のアクシデントはライバルたちも知っていたはず。その中で執念の戦いを見せた羽生の精神力の強さは、彼らの心に脅威を与えたはずだ。メダルを逃したとはいえ彼はこの世界選手権を、ソチ五輪へ向けては意味のある大会にした。

 

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