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2013.12.07 - sportsnavi - 羽生結弦を高みに導いた2人のカナダ人 GPファイナル初制覇でソチ五輪へ前進 (大橋護良)

13-14 赛季 2013 GPF Sportsnavi 大橋護良 坂本清

「ちょっと出過ぎ」293.25点での初Vも苦笑い

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自己ベストを28点更新する合計293.25点でGPファイナル初優勝を決めた羽生。その裏には2人のカナダ人の存在があった【坂本清】

「僕自身のなかでは少し悔しさが残るフリースケーティング(FS)になってしまいましたが、本当にたくさんの点数もいただきましたし、ちょっと出過ぎかなという気もします。4回転サルコウを転倒してしまったあとも、きちんと演技をつなげられたのは大きな収穫だと思っています。すぐに全日本選手権がありますが、それに向けてしっかりと頑張っていかなきゃいけないなと思いました」
 羽生結弦(ANA)は苦笑いをしながら、自身の演技をそう振り返った。12月6日にマリンメッセ福岡で行われたフィギュアスケートのグランプリ(GP)ファイナル。男子FSでは、自己ベストを更新する193.41点をマークした羽生が、合計293.25点で、追いすがるパトリック・チャン(カナダ)を振り切り、同大会初制覇を飾った。羽生は冒頭の4回転サルコウこそ転倒したものの、続く4回転トゥループをきれいに着氷。その後もコンビネーションジャンプを決めるなど、出場6選手中ただ1人技術点が100点を超える演技で観客を魅了した。
「本当に一生懸命やろうと思っていました。(4回転)サルコウの前は、どうやったら跳べるか、どういったことを注意するか、そういうことばかり考えていたんです。ただあまりにも多くのことを考え過ぎていた。だからこそ(4回転)トゥループは一生懸命頑張ろうと。それしか考えていなかったです」
 これまで課題としていた演技構成点もすべて9点台と、11月のエリック・ボンパール杯(8点前後)のときから飛躍的に向上。「僕のなかでは良かった部分がないと感じています」と羽生は謙遜したが、これまで培ってきた練習の成果が、この大舞台で実を結んだのは間違いない。結果として総合得点でも自己ベストを28点更新するなど、一気にひと皮むけた感もあるが、果たして何があったのか。その裏には2人のカナダ人の存在があった。

選手の自主性を重んじるオーサー氏

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羽生がオーサーコーチに師事してから1年半が経ち、2人の信頼関係は確実に増している【Getty Images】

 1人目は羽生のコーチを務めているブライアン・オーサー氏だ。1984年と88年の五輪で銀メダリストに輝いている同コーチのもとで、羽生が指導を受けるようになったのは昨年5月。当時は意思疎通を図ることも難しく、お互いが探り探りで言葉を投げかけているような状況だった。しかし師弟関係を結んでから1年半が過ぎた現在では、羽生の英語力が上がったこともあり、2人はうまくコミュニケーションが取れている。自分の思っていることが相手にきちんと伝われば、双方の信頼関係が増すのは当然のこと。スムーズな会話が成長の促進につながったのは容易に想像がつく。
 羽生は述懐する。
「(仙台からカナダに)拠点を移す、コーチを替えるというのは自分にとってものすごく大きな変化だったんです。自分にとって言葉の壁は大きかった。ただ今年は、コーチとのスタートラインが全然違っていたので、ものすごくナチュラルに成長していくことができた。それはスケーティングであったり、体力であったり、そういう自分の弱点だったところを、オーサー、(コーチの)トレーシー・ウィルソン、(振付担当の)デビッド・ウィルソンが本当に分かってくれていて、みんなでしっかり頑張れたんです」

 オーサー氏も羽生の成長に目を細めている。
「(今大会の)演技には満足している。100パーセント完璧な演技ではなかったが、そのなかでもわれわれが改善しようと取り組んできた部分を明確にクリアできたことが収穫だった。数年前の彼のスケーティングと比べてみると、成長、成熟してきたと思う。このプロセスは実はすごくゆっくりしているもので、草が伸びてきているのをじっと見守るもようなものだ。その違いが明確になってきた。スケーティングスキル、スタミナ、演技とすべての面で成長してきたと手応えを感じている」
 オーサー氏は指導をする際、選手の自主性を重んじる。羽生に対しては常々「君が責任を持ち、主導権を握ってやりなさい」と伝えている。もちろんそれは羽生を1人の成熟した選手として認めているからこそ。「コーチとしてできることは限られている。それは選手がどういう道を進むべきなのかを見つける手伝いをすることだ」。そう語るオーサー氏は、羽生を正しい方向に導こうとしており、羽生自身もその道に進みつつある。

羽生の成長を促したチャンの存在

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今季3戦中すべてで対戦した“絶対王者”チャン(左)が、羽生の成長に多大な影響を与えていることは間違いない【坂本清】

 もう1人は現世界王者のチャンだ。羽生とチャンはGPファイナルで実に今季3度目の対戦。過去2戦は羽生の完敗に終わっていた。チャンは11月のエリック・ボンパール杯(フランス)で世界歴代最高得点を更新するなど圧倒的な強さを誇っており、GPファイナルでも優勝候補最有力だった。それだけに羽生はライバル心を全面に押し出すかと思われたが、前日会見から一貫してそうした意識を否定。「素晴らしい選手がそろっているなかで、どれだけ自分に集中できるかが課題ですし、それが自分にとっての挑戦でもある」と語り、あくまでマイペースを強調していた。
 10月のスケートカナダやエリック・ボンパール杯ではチャンのことばかりを考えていた。どれだけ力の差があるのか、どれくらい頑張ればその差を縮められるのか。「そうしたことを無意識のうちに脳で分析しちゃったりしていたんです」と、羽生は苦笑する。相手のことを考え過ぎるあまり、自身の演技に対する集中力がそがれ、思うような結果が出ない。焦れば焦るほど悪循環だった。しかし、オーサー氏の助言もあり、“自分の道”を見つけた羽生は、GPファイナルまでにメンタル面で成長を遂げる。「ただ一生懸命スケートを楽しもう」。それが今大会のテーマだった。
 チャンに勝とうとしたわけではない。しかし自身の演技に集中した結果、チャンに勝利してしまった。裏を返せば、チャンの存在こそが羽生をここまでの高みに導いた最大の要因と言えるのかもしれない。大きな壁にぶつかり苦しみ抜いたからこそ、こうした境地にたどり着くことができたのだ。

 オーサー氏もそれに同調する。
「どんな大会でも優秀な選手と戦えるということでそれだけ学べる機会が多くなる。そうした経験を多く積めたという意味でも、今季パトリックと何度も当たってきたのは良かったと思う」
 2位に終わったチャンは「GPシリーズは長い。フレッシュな気持ちで臨めたかというとそうでもないし、足が軽かったということもない。自分としては今回は優勝でも2位でもいいと思っていた」と、この敗戦を意に介していなかった。しかし、自身が記録した世界歴代最高得点まであと一歩に迫られたのだから、その心中は穏やかではないだろう。この先も両者によるハイレベルな争いは続いていきそうだ。

ソチ五輪へ大きな一歩

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ソチ五輪の出場権獲得に大きく前進した羽生【坂本清】

 GPファイナルで優勝したことにより、羽生がソチ五輪の出場権獲得に大きく前進したのは疑いようがない。羽生自身も「(今大会の結果は)本当に大きな一歩。条件も満たしているかなと思っています」と語っており、よほどのことがない限り、ソチへの切符を手にすることだろう。世界歴代2位の得点を記録したことから見ても、メダル獲得の有力候補と言えそうだ。
 そのうえで、オーサー氏は羽生に注文をつけている。「まずは切符を勝ち取ることが重要だが、ユヅルは十分な闘争心を持っているし、自分のベストを尽くしたいという思いも持っているから心配はしていない。私が心配しているのはその先をしっかり考えて、残しておくべきものは残しておいてほしいということだ」。一見何を言っているのか分かりづらいが、要するに“運”を使い果たすなということだろう。五輪で勝つためには、時として神懸かり的な力が必要となってくる。いくら優勝する力を持っていても、そうした運を引き寄せられなければ頂点に立つことはできない。現役時代、五輪に2度出場しながらも銀メダルに終わっているオーサー氏はそのことが痛いほどよく分かっている。
「全日本選手権の位置づけがとても大切なのは分かっているが、私はすでにソチに目を向けておかなければいけないと思っている。そういった意味でいわゆるマジカルな出来事が起きていないのは良いことだ。今回のSPではそれに近いところにいったと思うが、FSに関してはまだマジカルなことは起きていない。それはむしろこれから起こるんだろうなという期待を持たせてくれている」
 もちろんそうした奇跡的なことを成し遂げるには、確固たる実力が必要だ。決してコントロールできるものではないが、それを発揮するための努力はできる。「もっともっと良い演技がしたい」。いま以上の高みを目指す羽生にとって、頂を探す旅はまだ終わりそうにない。

sports.yahoo.co.jp