2013.12.24 - web sportiva - 絶対王者チャンとの差を詰めてきた、羽生結弦2年間の成長(折山淑美)

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

12月22日の全日本フィギュアスケート選手権、男子フリー。最終組の6人がリンクへ飛び出すと、観客席は燃え上がるような雰囲気に包まれた。観客は、ソチ五輪代表3枠を争う最後の戦いに、それぞれの思いを込めて声援を送っていた。

  フリーの最終組、1番滑走の羽生結弦(ゆづる)は、冒頭の4回転サルコウで転倒というスタート。次の4回転トーループは何とかこらえたものの、その後、自 信に満ちあふれた演技という訳にはいかなかった。代表はほぼ手にしていたが、初めて経験する五輪代表最終選考会というプレッシャーに飲み込まれたのか、少 し重苦しさを感じさせる演技となった。それでも、冒頭の転倒以外は各要素をミスなくこなし、194・70の高得点をマーク。

http://i.imgur.com/jyuTPU0.jpg

優勝は羽生。2位に町田樹(たつき)、3位には小塚崇彦が入った

 前日のショートプログラム(SP)で全日本史上初となる100点越えの103・10点を記録していた羽生は、SPでもフリーでもファイブコンポーネンツ(芸術要素点)で9点台を並べ、合計297・80点で全日本連覇を達成。五輪代表を決めた。

 本番のソチ五輪を考えると、GPファイナル、全日本選手権で高得点を出した羽生が、王者のパトリック・チャン(カナダ)と対等に戦うことができる心強い状況になっている。

 ここ2年間で羽生とチャンの直接対決は5回。当初は大きかった両者の差だったが、内容と点数を見ると、かなり接近してきているといえる。

たとえば、チャンがSPとフリーで3回の4回転ジャンプを入れて連覇を果たした2012年3月の世界選手権で、羽生は3位。フリーの演技だけを比較 すれば、ジャンプで大きなミスをしたチャンに羽生は要素点で3点強上回ったが、ファイブコンポーネンツ(芸術要素点)は8点台後半から9点台を出したチャンに対し、羽生は8点台前半で合計で7点強劣り、まだまだ差が大きい状況だった。

 昨シーズンのGPファイナル(2012年12月)こそ、 羽生は2位となって3位のチャンを上回ったが、このときはチャンのミスが大きかったため、彼が本来の力を発揮したときにどこまで戦えるのかはわからない部 分があった。実際、その後の2013年3月の世界選手権ではチャンが3連覇を達成し、羽生は4位だった。

 しかし、今シーズンに入って、羽生とチャンの距離は縮まってきたように見える。GPシリーズのカナダ大会、フランス大会で、ともにチャンが優勝を飾ったが(羽生は2位)、羽生も力をつけてきていた。

  たしかに、チャンが完璧な演技をして圧勝した11月のフランス大会では、SPでチャンがファイブコンポーネンツを9点台中盤から後半でまとめて96・50 点を獲得したのに対し、羽生は7点台後半から8点台前半で81・94点と差をつけられていた。ただしフリーでは、1回転に終わったサルコウと4回転トー ループの転倒がなければ、要素実施点ではチャンを上回れるところまで羽生は力を伸ばしてきていた。

 そして、今季12月のGPファイナル で、羽生はついに優勝を飾った(チャンは2位)。とくにSPではファイブコンポーネンツのほぼすべての項目で9点台であり、世界最高得点の99・84点を 記録。日本開催ということで単純な比較はできないが、これまで大きな開きのあったチャンとの得点差を着実に詰めた。

 これは、2シーズン前に拠点をカナダのトロントに移し、ブライアン・オーサーの指導を受けるようになって以降、滑りの基本から鍛えなおし、つなぎの演技や表現にも取りくんできた成果が出てきているということでもある。

  今シーズンの羽生のプログラム構成は、演技後半にジャンプを入れることで要素点が高くなるため、そのアドバンテージをうまく活かせれば、絶対王者チャンを 上回ることも十分可能だ。そのためにも、冒頭の4回転サルコウを成功させ、余裕を持って演技ができるようにする必要があるだろう。

全日本のフリーでは転倒したが、羽生は「(フリーでの4回転)サルコウの失敗は経験不足だと思います。(その次の)4回転トーループを(転倒せず に)耐えられたのは、これまで失敗をしてきた経験があってこそ。サルコウも失敗を繰り返すことで成功する確率が高くなってくるはず」と前を向く。

http://i.imgur.com/CklGe1t.jpg

視線はソチへ。羽生結弦が初の五輪の舞台に向かう

GPシリーズフランス大会で、チャンの完璧な演技の前に敗れた時、羽生は「スケーターにとって、SP、フリーともに完璧な演技をできるのは、スケート人生の中で数回あればいいもの。そういう演技をチャン選手がやった場に、選手として一緒にいられたのは幸運だと思います」と話していた。

 百戦錬磨の選手になればなるほど、大舞台で集中力を高めて完璧に近い演技をしてくる。その点、ソチ五輪では誰が完璧な演技をするかが金メダル争いのポイントになるだろう。今シーズンの状態を見れば、その戦いに参加できるのはチャンと羽生が有力という状況だ。

 また、羽生のコーチであるブライアン・オーサーは、選手として2回、コーチとして1回、五輪を経験している。大会までにどのように準備をすればいいかの知見も豊富であり、大会本番へのプレッシャーがあるなかで、ソチでピークが来るように調整もしっかりできるはずだ。

  この2年間、王者チャンを追いかけてきた羽生は、4回転サルコウやスタミナ面などに課題があることを自覚しており、伸び代はまだまだある。五輪代表に決 まった今、羽生は「ここをスタートラインに一歩一歩踏み出していきたい。体のコンディションはいい感じなので、体調管理をしっかりして、頑張っていきたい」とソチの舞台をしっかり見据えている。

 2014年2月7日から開幕するソチ五輪で、熱い戦いが期待できそうだ。

sportiva.shueisha.co.jp