2014.03.29 - web sportiva - 羽生結弦と町田樹、これから始まるライバル物語(折山淑美)

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

 3月28日の世界フィギュアスケート選手権男子フリー。羽生結弦の体力はギリギリだった。演技終了直後に荒い息を吐いて氷の上に座り込み、しばらく動けなかった。

 結果は191・35点、合計282・59点で2位の町田樹(たつき)を0・33点上回り優勝を決めた。試合後、勝因を問われた羽生は「意地ですね……。意地と気合いです」と言い切った。

http://i.imgur.com/WMJ7f6g.jpg

優勝は羽生。2位に町田。世界選手権での日本人男子のワンツーは史上初。3位はハビエル・フェルナンデス

  金メダルを獲得したとはいえ、フリーで満足な演技ができず、悔しさの方が大きかったというソチ五輪。だからこそ彼は、五輪金メダリストとして真の王者らし さを見せなければいけない立場にあった。自分で自分を追い込み、プレッシャーをかけた。体の中に溜まっていた疲労もあったが、羽生はフリーを全力で滑り 切った。

「内容もけっこう危ないシーンがたくさんあったし、ポイントも(2位と)0・33点差。本当に危ない試合でしたけど、楽しかったです」

 緊張もあり、勝たなければいけないという思いも強かった。だが、五輪金メダリストとして初めて経験する”追いかけられる立場”を楽しめたという。プレッシャーより、「絶対に勝ってやる」という気持ちの方が強かったと笑顔で話す。

 2日前のショートプログラム(SP)では、誤算があった。ソチ五輪で世界最高得点の101・45点を出したプログラムの冒頭、普通にやれば跳べると自信を持っていた4回転トーループでまさかの転倒をしたのだ。しかも、判定は回転不足。

「いつもどおりというか、このプログラムを試合でやるのは最後なので、内容はともかく楽しもうと思っていました。4回転トーループのアンダーローテーションは 悔しいですね。試合でも練習でもSPはミスなくやってこられていたので……。ちょっとした過信というか、気のゆるみがあったのかなと思います」

 羽生は「慢心があった」とも言う。常に高得点を出し、完全に自分のものにしたといえるプログラム。滑り出した直後の彼の表情からは、「最後だから存分に魅せてやろう」という思いの強さが伝わってきた。そんな思いの強さが、体の動きを少しだけ狂わせたのかもしれない。

だが、ミスをした後でも羽生は冷静だった。

「4回転でミスをしたあと、スピンを回りながらこの後の要素でしっかりとGOE(出来ばえ 点)を取ればSPで90点台に乗せられると思っていました」と言うように、その後の演技をしっかりこなし、スピンとステップはすべてレベル4。ジャンプで も加点されて91・24点を獲得した。

 今大会のSPでトップに立ったのは「ソチ五輪のあと、反省点が多すぎたので、それをひとつひとつ、どうやったら改善できるだろうと考えていました」と、五輪後すぐに練習を再開し「成長の手応えを感じていた」と言う町田樹だった。

 町田は、冒頭の4回転トーループと3回転トーループの連続ジャンプを含め、すべてを完璧に行ない世界歴代3位の98・21点を獲得。町田に続く2位には、SPで4回転サルコウをきれいに決めたハビエル・フェルナンデス(スペイン)が入った。

 だが、羽生にしてみれば、SPで3位になったとはいえ、町田との6・97点差はフリーで逆転可能な射程圏内。4回転トーループを失敗しても動揺することなく、キッチリと90点台に乗せたのは、彼の精神力の強さであり、五輪王者としてのプライドだったともいえる。

http://i.imgur.com/huBFis4.jpg

史上二人目となるGPファイナル、五輪、世界選手権の3冠を達成した羽生結弦

  それでも、フリーも楽な戦いではなかった。羽生の二人前に滑った町田が、自己ベストの184・05点を出したのだ。大西勝敬コーチが「樹はソチ五輪から 帰って来て一気に変わってきたというか、脱皮でもした感じで成長してきた」と話すように、町田は最初の4回転トーループで着氷が乱れたものの、次の4回転 に2回転トーループを付けてカバー。その後もミスの少ない演技でまとめ、総合得点で世界歴代3位となる高得点をマークした。

 しかし、羽生に動揺はなかった。

「ソチ五輪では3点差を追いかけられる展開で、気持ちのコントロールがうまくできなかったですが、今回は7点差(で自分が追いかける展開)。僕はフリーで追いかける方が得意なので、少し緊張はしたけど、いい感じで臨めました」

  こう話す羽生のフリー冒頭の4回転サルコウは、「跳んだ瞬間、ちょっとヤバいと思ったし、転倒すると思った」という。だが、着氷で何とか踏ん張って転倒を 回避。「五輪王者としてここで負ける訳にはいけない」という意地を見せたジャンプだった。そして、続く4回転トーループをきれいに決めると、その後の要素 も3回転フリップがロングエッジになった以外ミスはなし。終盤はスピードが落ちて、いつものようなキレや粘りが見られなかったものの、意地と気迫で耐え きった羽生は、世界選手権初優勝を決めた。

「失敗したと思ったサルコウで何とか立てたのは、これからにつながると思います。昨シーズン(2012-2013)からフリーに初めて4回転サルコ ウを組み入れて、ほぼパーフェクトにできていた昨シーズンのフィンランディア杯以来、やっと跳べたので、この試合でまたスタートラインに戻れたなと思いま す。これまでの試合でも気持ちのコントロールなどいろいろなことを考え、いろいろなことを経験して成長してきたと思いますが、今回が一番成長できた試合だ と思います」

 場内の優勝インタビューで羽生は、「(五輪金メダリストで)五輪直後の世界選手権を勝った選手は、アレクセイ・ヤグディン選 手(ロシア/2002年ソルトレイク五輪、2002年世界選手権の金メダリスト)以来。僕が憧れていた選手に、ちょっとは近づけたかなと思います」と話した。

 昨年12月のGPファイナルを含めて、ソチ五輪、世界選手権の3冠を獲得したことについては、「今シーズンの3つのタイトルは獲った かもしれないけど、来シーズンやその次のシーズンになればまた違った試合ですし……。今シーズンの試合は今シーズンでしかないから、また新しいシーズンの 新しい試合に向けて頑張りたいと思います」と気持ちを引き締めていた。

 タイトルを総なめにしたとはいえ、羽生はまだまだ発展途上の19 歳。そんな羽生にとって、今回2位の町田の存在は、成長していくための大きなエネルギーになるだろう。町田は今回の世界選手権で、今後の自分の伸びしろの 確かさも感じたという。「今シーズンは羽生くんの頑張りに勇気づけられて、僕も彼のように進みたいと頑張ってきたのがここまでこられた要因。これからも一 緒に進めるように頑張っていきたい」と語る。この先、羽生と町田は、競り合いながら成長していけるはずだ。

 二人がこれからともに切磋琢磨していき、かつて、ロシアのトップスケーターとして君臨したエフゲニー・プルシェンコ(2006年トリノ五輪金メダリスト)とヤグディンのような関係になっていけば……。そんなことを想像しながら、来シーズンが今から楽しみになってきた。

sportiva.shueisha.co.jp