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2014.05.09 - Number web - <絶対王者のその先へ> 羽生結弦 「いま僕が追いかけているのは、自分です」 (野口美恵)

同刊载于 「Number」852号

氷上でのしなやかな演技と、胸に秘めた勝利への強い執念を原動力として、
世界タイトルを総なめにした19歳。その素顔は、どこまでも独特だ。
前人未踏の荒野を歩む若き王者が、激闘の先に追い求めるものを訊いた。

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(摄影: Yukihito Taguchi)


 ソチ五輪での金メダル獲得から1カ月。日本開催の世界選手権でも優勝し、'13年12月のグランプリファイナルと合わせるとフィギュアスケートの世界3大タイトルを総なめにした羽生結弦。19歳で世界の頂点に立った若武者が心と頭脳の全貌をいま明かす。

五輪は、2つ前の試合で優勝したなあというだけ。
 先に言っておきますが、五輪で金を獲ったからといって、僕の気持ちが変わる事はありません。五輪は、今の僕にとって単に2つ前の試合で優勝したなあというだけです。今年は今年。来年になれば、違う場所で、違う演技を、違うお客さんの前でするだけです。
 3冠についても同じです。達成したから次に目指すものが無くなる訳ではありません。記録はあくまでも記録。僕は記録を残すより、自分自身が成長したいんです。現役を続けるということは、僕が競技者であり続けたいと思っているということ。そして競技者であるからには、もっと強くなって試合で戦いたいということです。

 より強くなりたいと願う羽生。彼を今季ここまで成長させ、勝利へと導いたキーワードは、心との対話だった。前半のグランプリシリーズでは、最大のライバル、パトリック・チャン(カナダ)と3戦すべてで当たる奇遇な組み合わせに。それを生かし、ライバルの前で自分がどんな心理状態になり、どうしたら力を出せるかをシミュレーションした。

パトリックとの3試合は、心を理論でコントロールした。
 パトリックとの3戦は、僕のスケート人生において濃縮された時間でした。もっと精神面で強くなろうと考え抜いて、色々なメンタルの本を読み、理論を学びました。それを自分の心に当てはめて、自分なりの気持ちの持って行き方を探し、試合をやり、また探す、というのを繰り返しました。自分の心を脳で理解することで、心を理論でコントロール出来るようにしたんです。
 '13年10月のスケートカナダではパトリックに勝ちたいと思いすぎて、かえってミスをしました。そこから「自分に集中する」という理論を取り入れ、11月のフランス杯のショートでは、自分の演技ができた。でもフリーはまたパトリックが気になってダメ。さらに自分の心の奥、脳の奥まで落ち着かせてみたのがグランプリファイナルでした。結果、この試合は自分のベストに近い綺麗な動きができたと思います。
 パトリックから何かを学ぶのではなく、パトリックを前に自分がどうなるか、ということを追求した期間でした。

 

“ライバルへの感情を抑える”のは本心だったのか?
 ベストを出すために学んだ理論は「ライバルより自分に集中する」ということ。そのコントロールを身につけて迎えたソチ五輪。ショートはパーフェクトで首位に立つも、フリーはミスが続いた。結果として優勝したものの、自分との心理戦に負けた一戦となった。

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ソチ五輪のSPでは完璧な演技で史上初となる100点越えを記録。(榎本麻美)


 ソチ五輪のあと、3月の世界選手権が終わってから気づいたのは、理論だけじゃダメだったということ。
 五輪のとき、理論と自分の気持ちの間には、誤差があった。自分としては、「そもそも理論に則らなきゃいけないのか」というストレスがあり、その誤差のために五輪では自分に負けました。五輪という大舞台に行った時に、理論で押さえ込んでいたけれど自分の心の奥底には弱い所があって、その自分に負けたんです。理論だけに頼ったがために、“ライバルへの感情を抑える”という本心とは違う気持ちを作っていたんです。
 五輪のあと、自分の戦い方はこんなんじゃない、って悩みました。そして、“ライバルへの気持ちを抑える平常心”と“勝ちたい気持ち”の誤差。それが五輪のフリーでミスをした理由だったのだろうなと、今のところ分析しています。グランプリファイナルまでは理論だけで通用したけど、本を読んで自分にあてはめて試合に臨んだのは、付け焼き刃だった。やはり理論って統計ですから、多くの場合あてはまっても、偏りがあるんですね。

追いかける立場になって、アドレナリンを出し切れた。
 五輪王者として迎えた世界選手権。高まる期待のなか、ショートでは今季絶好調だった4回転トウループを転倒し、首位の町田樹から6.97点差で3位発進となる。「勝ちたい」という感情に身を任せたフリーは最高の演技で、逆転優勝を決めた。羽生は、この2つの演技での心の変化に着目した。
 ショートのミスについては、ちょっとした過信とか気の緩みがあったと思います。今季、練習でもショートはミスなく来ていたので。五輪王者だからといって過信しないと頭では考えてましたが、心とほんのちょっと誤差があったのだろうと。
 フリーは、とにかく「勝ちたい」しか頭にありませんでした。そして自分に対する怒り。追いかける立場になって、久しぶりにアドレナリンを出し切れたと思います。あれくらい自分の中でフツフツと燃え上がる感じは楽しいですね。
◇   ◇   ◇
大舞台で試行錯誤する中で、羽生が辿り着いたのはシンプルな境地だった。
そんなタイトルを独占した絶対王者は早くも未来への道筋を見つめている。
次のステップへ向かうカギとなるのは、新たな4回転ジャンプへの挑戦。
彼が追い求めている圧倒的な強さと美しさの完成形とは何なのか――。

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