2014.12.13 - web sportiva - 羽生結弦が取り戻した笑顔と自信。「滑っていて幸せでした」(折山淑美)

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登 直●撮影 photo by Noto Sunao

 スペインのバルセロナで開催されているグランプリファイナル2日目。12月12日の男子ショートプログラム(SP)で、ピアノの音色に合わせて静 かに滑り出した1番滑走の羽生結弦は、NHK杯から冒頭に持ってきている4回転トーループをキッチリと決め、観客席から大歓声があがった。

羽生は、続くシットスピンとキャメルスピンもスピード感十分にこなし、演技後半に入って最初のトリプルアクセルも完璧に決めた。

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SPの演技中に笑顔を見せた羽生結弦

  9日にバルセロナに入り、10日の公式練習で滑り出した羽生は、4回転を強く意識していた。ウォーミングアップのあとステップで身体を慣らし、3回転ルッ ツ+3回転トーループを跳んでからトリプルアクセルを決め、4回転に臨む順番だった。翌11日も公式練習で4回転を8、9回は跳んでいたが、試合当日の公 式練習ではサルコウも含めて4回転は4回に減って、感覚をつかんできている様子だった。

 そして、SP直前の6分間練習では、3回転ルッ ツ+3回転トーループの連続ジャンプとトリプルアクセルを決めたあと、一度両手を広げて跳び上がる方向を確認すると、次にはしっかりした軸で4回転トー ループを1回跳んだだけ。その後は身体を慣らすだけで落ち着いて本番に臨んでいた。

「今日の6分間練習ではルッツは良かったけど、4回転 トーループやトリプルアクセルは、そんなにパーフェクトにハマッた感じではなかったんです。それで、もう1回跳んでみることも考えたけど、今回は『練習は 本番ではないんだ』というのを頭に入れてやろうと思っていたので(跳ばなかった)……。その結果、本番でいいものができたので、本当によかったと思います」

腰の状態を気にして追い込んだ練習ができなかった中国大会前や、その中国でのアクシデントとケガのため、5日間しかリンクに上がれなかったNHK杯前とは違い、今回のファイナルに向けて、しっかり練習ができたという手応えもあったのだろう。

 本番直前の練習でパーフェクトを求めるのではなく、最後は心に余裕を持たせて自分の身体に染み込んでいる感覚を信じる。納得がいく練習をしたという自負があったからこそ生まれた気持ちのゆとり。それが羽生の演技を後押しした。

  若干の心配はSP当日の公式練習で2回続いていた3回転ルッツの軸のズレだった。結局、その不安定な部分が試合でも出てしまった。羽生は「ルッツの場合は 軸が斜めになっても立てる自信はあります」と以前話していたとおり、得意とするルッツこそなんとか着氷したものの、続けて跳んだ3回転トーループでも軸が 斜めになり転倒してしまった。

 羽生は、「そこが自分でも弱いところだと思いますけど、最後のルッツ+トーループはミスをすることが多い……。何かしらの解決策を、技術的にも精神的にも見つけなければいけないのかなと思います」と課題があることを認めた。

 しかし、今回のSPではそのミスがダメージになることはなく、逆に「よくあんなの(ルッツ)でトーループをつけたな、と思ったら演技中なのに笑ってしまいました」と苦笑するほどの余裕があった。

 その後のステップシークエンスは、勢いを増していく豪快な滑りで、最後のコンビネーションスピンもほぼパーフェクト。スピンとステップはすべてレベル4で、転倒の減点1がありながらも94・08点という高得点で堂々とトップに立った。

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SPの結果、羽生(写真左)がトップ。2位に町田樹(中央)、無良崇人(右)は6位だった

「演技が終わった時は3回転トーループの転倒の減点を考えて90点くらいだと思っていました。でも、思った以上に演技構成点が出たのでちょっとビックリしまし たけど、よかったですね。今回は滑っていて幸せだなと感じたのが一番よかったと思います。『身体で曲を感じている』と思いながら滑るのはあまりないことで すし、本当に久しぶり(の感覚)で、去年のファイナル以来だと思う。そういう感じで最後まで気持ちよく滑れたのが今回の大きな収穫でした」

  中国大会は今季初戦でもあり、腰の状態も思わしくないという不安があった。そして激突のアクシデントのあとのNHK杯は、「滑りきることだけを考えてい た」という羽生。それに対して、バルセロナでは身体の痛みを気にすることもなく、練習でしっかり追い込めたという手応えをつかんでからの現地入り。「先のことを考えてしまうのではなく、目の前のことひとつひとつに集中できた」と言う。

 また、「まっさらな気持ちで臨めた一番滑走」ということも、自分を後押ししていたと明るい羽生は笑顔を見せた。

「試合で4回転トーループを決めていいイメージを残したのは久しぶりです。そのイメージを持ちながら明日のフリーに向けて集中していきたいと思います」

 苦しい状況を経て臨んだ今シーズンの3戦目。羽生に、持ち味である自然体の滑りと自信が戻ってきた。

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