2014.12.24 - Number web - 言葉で読み解く羽生結弦の「本質」。 理想を追う様は、まさに形而上学? (矢内由美子)

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演技はもちろんだが、発言にも圧倒的な個性が光る羽生結弦。これからも、どんな言葉が彼の口からつむがれるのだろうか。 (aflo)

ギリギリで6枠に滑り込んだとは思えない、圧倒的な勝利だった。
 中国杯での衝突事故からまだ1カ月余りというタイミングでありながら、羽生結弦は他を寄せ付けない強さでGPファイナル連覇を達成した。
 凄いのはそれだけではない。昨季GPファイナルで初めて頂点に立ってからというもの、ソチ五輪、世界選手権、今季GPファイナルと、世界の主要大会をすべて制していることが驚異的だ。ソチ五輪で金メダルを獲得した反動をみじんも感じさせないどころか、進歩の速度をさらに上げようとしていることには、誰もが感嘆している。
 結果が示す成長ぶり。では、その下支えとなるメンタリティーはどうだろうか。彼の口から出た数々のコメントを読み解いてみると、そこには新しいスタイルのアスリート像の土台となる信念が潜んでいる。

「フィギュアは自分自身との戦い」
 世界の頂点に立った2月のソチ五輪。会見場に姿を現した羽生は、舞い上がるような態度を一切見せず、世界各国の報道陣からの質問に落ち着いた口調で答えた。
 印象的だった受け答えの一つに、「フィギュアは自分との戦いだ」というものがある。
 質問者が羽生に、「フリースケーティングで4回転サルコウを跳んだのはなぜか」と訊いた。ショートプログラムで首位に立っていたことを考慮すれば、当時成功率の低かった4回転サルコウを外す安全策を採るという選択肢もあったのではないか、と投げかけたのだ。羽生はこう返した。
「例えば対人競技や(同走者のいる)スピードスケート、ショートトラックなら、特別に何かをやる必要があるのかもしれない。フィギュアは自分自身との戦い。どれくらい精一杯やれるかというのがフィギュアスケートで一番大事なところだ。五輪を一つの試合として全力を出し切りたいと思ったので、サルコウを跳んだ。シーズンを通してずっとやってきたジャンプなので、変えたくないという思いがあった」
 日々のトレーニングで技術的な課題に対処しながら、同時にフィギュアスケートの意義、アスリートとしてどうあるべきかを探求している姿が垣間見れるコメントだった。

「負けたときに何を考えるかが大事」
「負けたときに何を考えるかが大事」という言葉も印象的だ。
 昨季は最大のライバルであるパトリック・チャン(カナダ)にGPシリーズで連敗したが、敗れるたびに燃え上がる羽生がいた。悔しさをモチベーションとした結果のGPファイナル優勝と五輪金メダル。ソチ五輪の会見で羽生はこう言った。
「パトリック選手にただ負けるだけではなく、負けたときに何を考えるかということを大切にしながらシーズンを過ごしてきた。それが今回(五輪金メダル)につながったのかなと思う」

「弱いということは強くなる可能性がある」
 この言葉は、今季のGPファイナルの前のコメントとも共通している。
「ファイナル(出場権)は最後にギリギリでつかんだが、弱いということは強くなる可能性がある。厳しい状況に立たされているけど、それを乗り越えた先にある景色は良いものだと信じている」
 苦境さえも天の配剤と捉えているこの発想は、負けを成長のためのチャンスと受け止めるのと重なる。
 ここで重要なのは、なぜ羽生は敗北をこうまで前向きに捉えることができるのかということだ。それは、平時に“自分との戦い”というメンタル的に負荷の大きい能動的な作業をこなしているから。一方、負けるということは、さらなる成長のためのヒントやモチベーションをプレゼントされる、受動的な体験だというポジティブな発想なのだろう。
 最近驚いたのは、今季のNHK杯で羽生がふと口にした言葉が、極めて強烈であるのに自然な響きを持っていたことだった。
「はっきり言って僕にとっては五輪チャンピオンになろうが、世界チャンピオンになろうが関係ないんですよ」
 世界一になる前から掲げている「目の前の試合に全力を尽くす」という目標をブレることなく持ち続け、それを有言実行している羽生の言葉には整合性がある。だから自然に聞こえるのだ。

「平昌に向けて何かをするというわけではない」
 今月26日には全日本選手権(長野)が始まる。3連覇を狙う立場ではあるが、それ以前に彼はここでも「目の前の大会で全力を出し尽くす」ことに集中していくのだろう。
 平昌五輪に向けて必要なことは何かと訊かれたときの羽生は、素っ気ないくらいだった。
「特にない。自分はスケートが大好きで、ジャンプが大好きなので、好きだからやってみようというのはあるかもしれないが、平昌に向けて何かをするというわけではない。ただ、自分のスケートをもっともっと高みに持っていきたいという思いはある」
「自分はどん欲に勝ちにこだわるタイプ」という言い方もする羽生だが、「どの大会で優勝する」「何点を出す」という具体的な結果を第一義としていくつもりはない。「五輪のため」でもない。形に表されない高遠な理想をフィギュアスケートに落とし込んで実現させていくのが、羽生スタイルだ。
 彼が発した数々のコメントから浮かび上がってくるのは、形而上学的な思考を大事にしているということ。新次元の有言実行アスリートがここにいる。

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