2015.04.10 - web sportiva - 羽生結弦語録。フィギュア世界選手権で語っていた本心とは?(辛仁夏)

辛仁夏●取材・文 text by Synn Yinha 能登直●撮影 photo by Noto Sunao

 ソチ五輪王者の羽生結弦は、日本人選手として史上初となる世界選手権2連覇を目指したが、惜しくも銀メダルに終わった。今季初戦となった中国杯での衝撃の衝突事故から始まった激動のシーズンを締めくくる最後の大会で語った言葉を拾いながら、その思いに迫る。

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練習中に笑顔を見せた羽生結弦

■「少し緊張しています」

  3月23日に上海入りした羽生は、翌24日の午後はメインリンクでの公式練習に臨んだ。ショートプログラム(SP)の曲がかかった演技は、冒頭の4回転 トーループで転倒。トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)でも空中で軸がぶれてステップアウトし、3回転ルッツ+3回転トーループの連続ジャンプも着氷が 乱れてしまった。その後、ジャンプを中心に練習し、転倒する場面もあったが、4回転の確率を少しずつ上げていた。練習後半には4回転サルコーを成功させる など、時折笑顔を見せながら終始リラックスした様子。ブライアン・オーサーコーチに話しかけながら、じっくりと練習に取り組む姿がそこにあった。

 昨年12月末の全日本選手権後の腹部手術から約3カ月。久しぶりに公の場で滑った羽生はこう語った。

「戻ってきたなと。久しぶりにメディアの皆さんに囲まれるので、少し緊張しています。全日本からもう3カ月も経って、いろんなことがありましたけれど、やっと皆さんの前に立って演技する覚悟ができるコンディションになった。そこが幸せだなと思っています。

  あれ(中国杯での衝突)は思い出さなくはないですね。でも、皆さんが思っている以上に僕はぜんぜん気にしていないです。中国杯は中国杯ですし、世界選手権 は世界選手権。僕にとってあれは過去なので、今できることをまずやりたいと思います。自分の感覚どおりに動けるのが幸せだなと思っていますし、スケートが できるので楽しいです」

■「自分は幸せ者」

 SPで羽生は最終グループの5番目の滑走順だった。無良崇人が得点を伸ばせず、四大陸王者のデニス・テン(カザフスタン)が4回転トーループで転倒、欧州王者のハビエル・フェルナンデス(スペイン)がノーミスの演技を見せた後に、羽生の番が回ってきた。

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上海でも多くのファンから声援を受けていた

 冒頭の4回転トーループの着氷で両手をついたものの、その後の演技はしっかりとまとめてメリハリのあるステップを踏むなど上々の出来。演技後は、リンクがプレゼントの海と化した。95.20点で首位発進だったが、羽生は反省の言葉を口にした。

「練習してきて、全日本選手権のとき以上のレベルにはなってきていると思う。4回転トーループは6分間練習でも失敗していましたが、明日は明日で本番どうする かということを練習で見ていきたい。ブライアンがいなかったからどうのこうのではなく、動画でアドバイスをもらっていたので影響はなかったです。

 今日の4回転トーループのミスは正直言って悔しいですね。でも、今回の減点を他のものでカバーできたので、正直言って、この3週間ちょっとで追い込んできてよかった」

 また、SP上位3選手の会見では意外な感想も話した。

「世界選手権でSPのスモールメダルを取れたのは初めてなので、ちょっとうれしいです。でも、今季一度もSPを完璧にできなかったのは悔しいですね。今日は皆さんの前で結果を残せて、常々思っていることですが、自分は幸せ者だなと思っています」

■「自分を褒めてあげたい」

 迎えたフリー。最終グループ3番目の滑走だった羽生は、冒頭の4回 転サルコーが2回転になり、4回転トーループは転倒。それでも、ここから崩れないのが五輪王者たる羽生の強さだ。トリプルアクセルの連続ジャンプを2度完 璧に成功させて、情感のこもった演技を披露した。しかし得点は、合計271・08点で連覇はならなかった。フリー後の囲み取材で負けず嫌いの羽生らしい言 葉が並んだ。

「悔しいです。悔しい以外に言葉で表せることはいまの自分の心境にはないかなと思います。世界選手権に来るまで調子は良くて、練習ではフリーもノーミスができていたんですけど、試合でできないということは、やはりまだまだ自分の力が足りなかったというか……」

 今季は衝突事故、その後の強行出場、予想外のケガ、手術と長期療養、そして右足首捻挫と、アクシデントのオンパレード。五輪王者になって迎えた最初のシーズンとしては予想以上に激動のシーズンを過ごしてきたが、羽生はあきらめることなく、試合に出場し続けてきた。

「試合に出続けたのは、やっぱり自分が現役スケーターだからです。それ以外の何ものでもないですね。何も不思議な感覚はまったくなくて、日本代表として選ばれ たわけですし、そこで滑って戦わなくてはいけない義務感もあります。また、ケガをしてしまったことは、中国杯でのアクシデントもそうですが、自分の不注 意、自分の管理不足というのは少なからずあると思うので、しっかりと反省しなくてはいけないところです」

これまでも、数々の逆境に負けずに立ち向かってきた羽生。その原動力になっているのは、前向きでポジティブな思考回路と性格が影響しているからだろう。

「マイナスの要素というのは、決してずっとずっとそのままマイナスなわけじゃない。いまの状態から見たらマイナスだけれども、昔の、それこそ4回転が跳べない 時にこのような状況だったら喜んでいると思うんです。4回転は回った、と。だから、いまはマイナスと考えるけれども、マイナスと考えられるということは自 分が成長してきたという証だと思います。または、そのマイナスがあるからこそ、次はマイナスとマイナスを掛け算してプラスに。そういう風に課題が見つかっ たからこそ、自分は成長していけるのかなと思っています。

 今大会で弱さが出たとしたら、環境に左右されているなという感覚がありました。 リンクであったり、空気感であったり、ライバルたちであったり。そこにあまりにも影響されすぎる自分がいました。自分の中で褒めてあげたいと思う点は、よ くここまで自分を奮い立たせてこうやって頑張ってこられたなと。すべてのマイナス要素をマイナスだけで考えないで、それを常にプラスに考えて、こういうこ とがあったから、じゃあ次はこうしたらいいなということを考え続けてここまでこられた」

■「僕は本当に恵まれている」

 世界選手権を銀メダルで終えた羽生は、一夜明けて穏やかな表情で訥々(とつとつ)と今季を振り返りながら語った。五輪王者として知らぬ間に抱えていた重石が、すっきりと取り除かれたような感じだった。

「中国杯で衝突事故が起きて、フリーに出て大会が終わった後、アドレナリンがなくなって、興奮状態から冷めて……。10日ほど経ってから初めてリンクに上った ときがいちばん、『これはもう駄目かも』と思いました。ただ、中国杯で滑って、ああいう(総合2位)結果をいただいたからこそ、僕はあきらめないでファイ ナルに行きたいんだと思えましたし、あそこでフリーの順位が悪かったら、たぶん今シーズンは何もできないでひきずって、シーズンを棒に振っていたと思いま す。

自分が強くなったというよりも、周りの方々が支えて下さっているんだということを、オリンピックシーズン以上に感じたシーズンでした。もしこうやっ てテレビに出ていなくて、下の順位を争っている選手だったらニュースにもならなかったし、こういう態勢で皆さんが支えて下さることもなかったと思います。 こうやって皆さんに心配していただいて、そこでいろんなことを皆さんが考えてくださって、フィギュアスケートでも衝突事故で命にかかわる脳振とうとかが起 こりえるということについて、皆さんが考えてくださったので、僕は本当に恵まれているんだと思えました。

(自分が何も)できなかったという 気持ちはあまりないです。挑戦のシーズンだったと思っていますが、それが失敗したかどうかは、人それぞれの見方によると思います。『失敗は成功のもと』と よく言うように、失敗しなくては気づけないこともたくさんあると思いますし、今回の衝突事故も誰かが起こさなくては誰も気づかないことだったと思っていま す。無駄なことはひとつもなかったと思います。昨年夏に、フリーもSPも後半に4回転を入れてノーミスにできる状態にはなっていたので、またひとつひと つ、夏の経験やシーズンを通しての経験を踏まえながら進歩できると思っています。

 今季はそれ(挑戦)よりもやるべきことがたくさんあった だけです。もちろん後半に4回転を入れないといけないという義務感はありました。そう言ってしまいましたし(笑)。でも、それよりもまず、自分が何をすべ きなのか、自分がいまのコンディションの中で何ができるのか、ということを常に考えてシーズンを終えられたのかなと思います」

 最後に、羽生はあらためてこんな言葉を残して来季に目を向けた。

「来シーズンもこの課題に挑戦したいと思います。ただ、それも体と相談しながらだと思います。夏には絶対に挑戦して追い込むと思うので、また自分自身も楽しみにしながら頑張りたいなと思います」

 

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