2015.11.29 – NHK杯 FS - web sportiva -これぞ絶対王者。300点超えを達成した羽生結弦の新たな決意 (折山淑美)

折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi   能登 直●写真 photo by Noto Sunao

 

フィギュアスケートグランプリシリーズのNHK杯SPで106・33点の世界歴代最高得点を出した羽生結弦が、11月28日のフリーでまたしても記録を更新した。

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フリーでも世界最高得点を更新した羽生結弦

 

羽生は、演技を終えると大きく右腕を振り上げて満足の気持ちを露わにし、自身の得点を確認すると驚きの表情を見せた。表彰式後の記者会見で、「正直、自分 自身がまだ興奮していて、何と言っていいかわかりません」と口にしたフリーの得点は、それまでの最高記録を20点近く上回る216・07点。SPとの合計 でも史上初の300点超えを果たし、一気に322・40点まで伸ばした。

 振り返ってみると、この日、男子フリーの上位選手は苦しい展開が続いていた。

 まず、今大会で5位以内ならグランプリファイナル進出が決まるSP4位のマキシム・コフトゥン(ロシア)が、最初の4回転サルコウとトリプルアクセルを決めながらも、次の4回転サルコウが1回転になるなどジャンプミスを連発して10位に沈んだ。

 また、SP3位の無良崇人も、冒頭からの4回転トーループこそ2回決めたが、スピードのない演技になってミスが続き、思うように得点を伸ばせなかった(結果は3位)。

そして、SP2位で、フリーでは3種類の4回転を合計4回入れていたボーヤン・ジン(中国)も細かなミスを繰り返し、合計で266・43点に終わった(結果は2位)。

 ところが羽生は、そんな流れにまったく影響されなかった。前日のSPの勢いそのままにスピードに乗って滑り始めると、冒頭の4回転サルコウを難なく決めてGOE(出来ばえ点)で2・86の加点。続く4回転トーループも完璧に決めて2・57点の加点をもらった。

 さらに、スケートカナダでは少し抑え気味だった前半最後のステップシークエンスも力強く踏んでレベル4を獲得すると、今シーズン過去2戦で苦しんでいた後半の4回転トーループもセカンドに3回転トーループをつけて成功させたのだ。

 その後、トリプルアクセルからの連続ジャンプでは、両手を挙げてダブルトーループを跳ぶことでGOE満点の3点が加算された。そして、ジャンプだけでなくスピンやステップでも最高のレベル4に認定される完璧な演技を披露。

 その結果、技術点は118・87点で、演技構成点は満点の100点に限りなく迫る97・20点。断トツでの優勝を決める最高の演技だった。

「一番よかったのは、コントロールできた精神状態でフリーの演技ができたことだと思います。ソチ五輪のフリーの後も同じようなことを言ったと思いま すけど、あのとき、演技が終わった瞬間、『これで金メダルがなくなった』と思った時に、自分が金メダルを意識して緊張していたんだと気がついたんです。

  その経験が今回のNHK杯ではすごく活きて、会場に来る前から『自分はフリーで200点超えをしたいと思っているな』とか、『300点超えをしたいと思っ ている』『ノーミスをしたいと思っている』という風に、自分で自分にプレッシャーをかけてしまうようなことを考えているということを、ちゃんと認識できて いたんです。『緊張しているんだな、それならこうしよう』というのが、今日はある程度わかっていたので、気持ちをコントロールできたんです」

  今シーズン、グランプリシリーズ初戦のスケートカナダのSPで、自分でも信じられないようなミスをして出遅れ、フリーではパトリック・チャン(カナダ)に 完敗した悔しさがあった。それから約1カ月間、その悔しさを晴らそうと、入念な体のケアをしながら、自分でも驚くほど一生懸命練習をしてきたという手応え もあった。また、SPのプログラム構成を変更したことに表れていた「もっと進化しようという積極的な姿勢」など、さまざまな要素が今回の試合にマッチし、 素晴らしい結果を生み出したといえる。

 それでも、次も同じ構成で演技をしても、同じ得点が出るとは限らないのがフィギュアスケートという競技だ。さらには、羽生自身が「これからは今回 出した得点のプレッシャーが、自分自身にのしかかってくる。だからそれをコントロールできるくらいの精神力をつけなければいけない」と言うように、新たな 重圧との戦いも待っている。

 同時に羽生は、「正直、フリーではなかなかノーミスの演技ができていなかったのでうれしかった。でもこれが限 界ではないと思うし、後半の4回転トーループも、もっときれいに跳べると思う。もっともっと複雑な跳び方もできると思う」と、まだまだやるべきことがある こともわかっている。

 今回のSP、フリー両方の「歴代世界最高得点」という完璧な演技で、さらに異次元の高みへ駆け上がった羽生。だがそ の記録は、競技者であり続ける以上通過点にしなければいけない。歴史的な快挙を果たした今、五輪王者の羽生はそんな大きな決意をその身にまとったように見 えた。

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