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2016.01.09 - web sportiva - 震災から5年。羽生結弦と『天と地のレクエイム』の必然的な出会い

15-16 赛季 web sportiva 能登直 他人访问

副田つづ唯●取材・文    能登直●撮影 photo by Noto Sunao

羽生結弦が演じる、2015-2016シーズンのエキシビション・プログラム『天と地のレクイエム』。使用されている楽曲(原題『3・11』)は、ヒーリング・ピアニスト/作曲家の松尾泰伸が2011年3月11日に起きた東日本大震災の鎮魂曲として完成させたものだ。披露されるたびに、この作品は広まり、静かな感動を呼んでいる。なぜこの曲だったのか。この曲で何を表現しているのか。いまだ多くを知られていない『天と地のレクイエム』について、作曲者本人に話を聞き、その言葉から、選手本人の思いにも触れてみたい。

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■何かに突き動かされるような感覚でピアノに向かった

――『天と地のレクイエム』(原題『3・11』)の作曲に着手したきっかけを教えてください。

「2011年3月11日の出来事は決して忘れることができません。僕の住まいは大阪ですが、遠い地で起きていることとはいえ、その大惨事をテレビで目の当たりにして、すさまじい恐怖と危機感を覚えました。その映像を見た直後、なぜかピアノに向かったんです。

  僕はここ十数年、家のピアノで作曲することはほぼなかったんですよ。というのも、和歌山県出身ということで、高野山が世界遺産に登録された2004年に熊 野本宮大社で奉納演奏を行なったんですが、それをきっかけに大自然の中で演奏する機会を多くいただくようになりました。そんな活動を続けていくうちに、作 曲するというよりも、何かに与えられるように曲が入ってくるようになったんです。まったく知らない、聴いたこともない曲を大自然の中で弾いている自分がい るようになって。

 ところが、『3・11』が生まれたときは、それと同じようなインスピレーションが初めて家の中で起こったんです。あのときは不思議と、自分の意思とは別に何かに突き動かされるような感覚でピアノに向かいました」

――そうして『天と地のレクイエム』のメロディが生まれたと。

「そうです。最初、頭のAメロが出てきて、Aを弾き終えるとBが待っている感覚があり、次々と新たなメロディがばーっと降りてくる、というような感じでした」

――この曲にはどのような思いが込められているのでしょう?

「不 思議に思われるかもしれませんが、僕の思いは何もありません。あるとしたら、どうして僕がこういうことをしているんだろう、という感覚ですね。今までの作 風から考えても、抑えきれない感情を曲に表すタイプではないし、ましてや鎮魂曲を書くようなタイプでもないんです。何と言うか、思いや自我がまったくな い、本意でも不本意でもない、何かに与えられるように湧いてきたメロディを、ピアノという手段を使って発信しているだけであって、皆さんがそれをどう聴く のかな、というのが僕としては一番気になるところです」

■羽生選手の滑りに、強い決意のようなものを感じた

――羽生結弦選手にこの曲が選ばれた経緯は?

「同 年9月に開催した東日本大震災災害/紀伊半島豪雨災害復興支援コンサートで初演して、その映像をYouTubeにアップしました。実は、演奏の中盤に大変 な思いをしまして。弾きながらすごく負荷を感じて、倒れそうになったんですよ。そのときに、この曲はもう弾くことができない、弾くと自分の命がなくなって しまうと感じたんですが、その鬼気迫る演奏を振付師の宮本賢二さんがYouTubeでご覧になり、羽生選手にご提案いただいたということのようです」

――羽生選手は一聴してすぐ、この曲で滑ることを決めたそうですね。

「直 接、羽生選手からもその話をうかがいました。他にも候補はあったらしいんですが、『3・11』を試聴したときに『絶対にこれしかない』と思ったそうです。 あるインタビューでは『滑り始めると自分の体の中に何かが降りてくるような感覚になった』と語っているんですが、それは僕が得た感覚とすごく似ているんで すよ。僕がピアノに向かわされたのと同じように、彼も何かしらの存在にこの曲を選ばされた、演じさせられたのかもしれない、と思いました」

――東日本大震災に対する感情を込めた『天と地のレクイエム』を演じる羽生選手は、松尾さんの目にどのように映りましたか?

「初めて見たのは『ファンタジー・オン・アイス2015』の神戸公演ですが、そのとき、何か強い決意を持たれているのを感じました。羽生選手の演技は、他の選手のそれと明らかに表現が違っていたんです。

  僕はフィギュアスケートについてあまりよく知らないんですけど、このスポーツはアスリートとしての部分と表現者としての部分を併せ持っていますよね。羽生 選手は、五輪の金メダリストとしてのプライドもあり、アスリート意識が人一倍強いんだろうと想像しますが、今は技術面よりも芸術性へのウェイトが大きく なっているんじゃないか。

 今後、フィギュアスケートはバレエや能のような究極的な舞いに近づいていって、その転換期における重要な役割を羽生選手は担っているんじゃないか、と勝手に解釈しました。

  日本の伝統芸能である能や歌舞伎も、時代ごとに天才と呼ばれる人物が現れて、形態を大きく変えてきたわけです。フィギュアスケートの世界でもそういうこと が起きているのかなぁと。でなければ、『天と地のレクイエム』のような表現はそうできるものではないと思います。あそこまで全身全霊を傾けられるのは、羽 生選手が表現者だからなんですよね」

■感動の往来が、生きる糧になる

――表現者・羽生選手の強い思いが届いた先には何があると考えますか?

「” 感動”ですね。それは苦しみでも悲しみでもない感情です。人は何があっても、どうにかして生きていかないといけないのですが、そのためのエネルギーが感動 なんです。でも、与えるだけじゃないんですよ。羽生選手も語っていましたが、僕ら音楽家も、お客さんの拍手や涙される姿などを見てたくさんの感動をいただ くんです。感動の往来が、生きる糧になるんです」

――『天と地のレクイエム』は、羽生選手の演技によって世界へと羽ばたいています。この現象をどのように受け止めていますか?

「すでに、この曲が本来持っているものと違うものを背負って歩き始めているような気がしています。これほど多くの人に聴いてもらえるきっかけをくださった羽生選手に、心から感謝しています。

 もともと僕はいただいたメロディを発信しているだけなので、先にも話したとおり、ここに僕の思いは何もないんです。世界で聴かれているという信じられない展開にも、どこかに”あ、そういうことだったんだ”と納得できる感覚があります。

  目に見えない誰かが役者を集めてそれぞれに役を与えていて、僕たちは無意識なところでその役をこなしている。そうやって世の中が動いているような気がして なりません。この曲を聴いた皆さんが少しでも心動かされるようなことがあれば、幸運にも、奇跡的に『天と地のレクイエム』を世に出させてもらった意味が あったと思っています」

sportiva.shueisha.co.jp