2016.10.20 - 読売新聞 - 羽生選手はなぜ複数の4回転を跳ぶのか

フィギュアスケートの季節がやってきました。日本勢が世界を舞台に戦う姿をみる機会が増えた一方で、「ルールが分からない」「どう採点しているの?」など、素朴な疑問が頭に浮かんだ人も多いことでしょう。そんな人気競技の背景を解説し、観戦するのが楽しくなる「フィギュアのあれこれ」を紹介します。(編集委員・三宅宏)

ジャンプの見分け、最初は無理せず「流れ」を楽しむ
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ソチ五輪の男子ショートプログラムで4回転トウループを決めた羽生結弦選手(右から左へ連続写真・合成=2014年2月13日、杉本昌大撮影)
 羽生結弦選手(ANA)は今季から、4回転ループというジャンプをプログラムに取り入れています。4回転トウループ、4回転サルコーにすでに成功しており、ループは三つ目の4回転ジャンプになります。なぜ、羽生選手は何種類もの4回転を跳ぶのでしょうか。
 その前に知っておきたいのがジャンプの種類です。6種類あり、難易度によって基礎点が違います。慣れないと見分けるのは至難の業で、判別にばかり気を取られると、フィギュアスケートが本来持つ「美しい流れ」を見失ってします。これはもったいない。まずは、分かりやすい三つを区別することから始めましょう。
(1)前向きに踏み切る=アクセル
(2)爪先(トウ)にあるギザギザを使わず、エッジ(刃のへり部分)だけで踏み切る
 =ループ、サルコー
(3)片方の足のエッジと、もう一方の足の爪先を使って踏み切る
 =トウループ、ルッツ、フリップ

 アクセルは唯一の前方踏み切りなので、一目瞭然。そのほかのジャンプはみな後ろ向きで飛びます。
 (2)の両者の違いは、エッジの外側で滑る(ループ)か、内側で滑る(サルコー)かで区別できますが、一瞬のことなので見分けるには難易度が上がります。
 (3)のルッツとフリップも同様に、エッジの外側を使うか(ルッツ)、内側を使うか(フリップ)という違いがあるのですが、かなり難解です。トップ選手でもルッツに挑んだのに内側を使ったとして減点されることがあるほどですので、初心者のうちは無理して判別に挑戦しないほうが賢明です。
 なお、アクセル、サルコー、ルッツの名称は、最初に跳んだ人の名にちなんでいます。体操でいえば、「ヤマシタ跳び」や「シライ3」のようなものです。
 ※もっと詳しく知りたい人は、日本スケート連盟のホームページに、アニメ付きの解説がありますので参照してみてください。

跳べるのは8度、同じジャンプは3度跳べない

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フィギュアスケートの靴。刃の先端にギザギザがある。ここを使ってジャンプするのが、トウループとルッツとフリップ。アクセル、ループ、サルコーは、下部にあるエッジだけでジャンプする
 羽生選手が複数のジャンプを取り入れる最大の理由はもちろん、高得点を目指すためです。4回転ループの基礎点は12点で、10.3点のトウループ、10.5点のサルコーより高いのです。羽生選手は、10点満点で審査される芸術性はほぼ満点。積み上げ要素が少ないため、得点増が望める技術的要素のレベルアップに向かうのは当然のことなのです。
 羽生選手に限ったことではありませんが、ジャンプの制限回数も得点に関係してきます。
 シニア(15歳以上)の男子フリーで許されているジャンプの回数は8度まで(その中の3度は後に別のジャンプを付ける連続ジャンプが可能)。4回転の中では比較的やさしいトウループをバンバン跳べばいいじゃないか、と思う人もいるかもしれませんが、「同じジャンプは2度までしか跳べない」という規制があります。4回転トウループを3度以上跳び続けたら、3度目以降は無効で0点になってしまうのです。
 また、同じジャンプは2度までなら許されているとはいえ、どちらかを連続ジャンプにしないと(たとえば単独の4回転トウループを2度)、「同一ジャンプの繰り返し」ということで、2度目のジャンプは基礎点が70%に下がってしまうルールもあるのです。
 こうした制約があるなかで、選手やコーチたちは、自分たちが持っている技術を最大限に生かせるようジャンプを組み合わせてプログラムを作ります。複数の4回転ジャンプがあれば、バリエーションが増えて、当然、有利になります。今季の羽生選手はフリーに、ループ1度、サルコー2度(うち1度は後に3回転を付ける連続ジャンプ)、トウループ1度の計4度もの4回転ジャンプを組み込んでいます。

5回転ジャンプの点数は?
 ところで、羽生選手が大会でいきなり前人未到の5回転ジャンプを跳んだらどうなるのでしょうか。20点くらいもらえるのでしょうか。専門家の見解によると、正解は0点。現行ルールでは、ジャンプの採点は国際スケート連合が定めたリストにある基礎点をもとに計算されるので、現段階でこの表に載っていない5回転ジャンプは「ノン・リステッド・ジャンプ(non-Listed Jump)」、つまり基礎点が定められているリストに載っていないジャンプとなるので、0点になってしまうそうです。

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