2017.02.20 - web sportiva - 羽生結弦、チェンに惜敗も大きな収穫。 「4回転5本が視野に入った」

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折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/figure/2017/02/20/post_5/
 フィギュアスケート四大陸選手権、最終日の男子フリーで初優勝を狙う羽生結弦が見せたのは、執念の演技だった。
 ショートプログラム(SP)3位の羽生と、SP1位のネイサン・チェン(アメリカ)の点差は6・08点。SP2位の宇野昌磨との差は3・24点。
 羽生のひとり前に滑った宇野は、公式練習でなかなか成功していなかった4回転ループをきれいに決め、続く4回転フリップとともにGOE(出来ばえ点)加点をもらう滑り出し。しかし、後半にミスが出てトリプルアクセルは2回とも転倒。後半の4回転トーループは2回とも着氷したものの、フリーは187・77点で合計は288・05点。ハイレベルの優勝争いから脱落する結果となった。

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四大陸選手権で2位にとどまり初優勝を逃した羽生結弦 
  続いて登場した羽生は、気迫のこもった滑りでフリーの演技をスタートさせた。最初の4回転ループは6分間練習と同様にキッチリと決め、4回転サルコウも難なく降りると、ステップからは流れるような演技でフリップまでつなぐ完璧な滑り。
 だが、後半の4回転サルコウからの連続ジャンプは2回転になり、さらにその直後に1回転ループを入れてしまった。本人は「失敗したあとにハーフループを入れて4回転サルコウをやろうと思ったが、ちょっと非現実的だなというためらいが一瞬あったので戻してしまった」と説明する。ここで1回転ループを付けてしまったことで、3回しかできないコンビネーションジャンプをひとつやったことになってしまった。
 羽生が執念を見せたのはそこからだった。次の4回転トーループを決めると、トリプルアクセルに3回転トーループをつけ、さらにトリプルアクセルからの3連続ジャンプを4回転トーループ+2回転トーループに変更。そして、最後の3回転ルッツをトリプルアクセルにして見事なリカバリーを見せた。

 「4回転を4本入れるということと、トリプルアクセル2本は外せないという気持ちがあったので、コンビネーションの回数を含めていろいろ考えました。とにかく失敗のあとはコンビネーションの3回転トーループと4回転をもうひとつというのをすぐに考えました。ただ、最初のアクセルのところで4回転サルコウを入れようと思いましたけど、ちょっとスピードが足りなかったのでトリプルアクセル+3回転トーループにして、その後で(4回転)トーループを跳ぶことにしました。その直後にブライアン(・オーサーコーチ)の顔が見えましたけど、『お前、何やってんだ』と言いたげな表情でした」
 こう言って苦笑する羽生だが、練習でもこのようなリカバリーはやったことがないという。
「一度だけ練習で最初のループも後半のサルコウもトーループもパンクしたとき、『なんだ? この練習は!』と思って1回目のアクセルのところに4回転サルコウを入れて、次のアクセルを4回転トーループに変更するチャレンジをしたことがありました。でも、現実的にはやるべきことじゃないと思っていましたし、トーループもそんなに簡単に跳べないと思っていたので、今回はかなりとっさにやった感じです」
 羽生は、演技を終えた瞬間「やってしまった」というような厳しい表情をしていたが、予定通りの構成ではなかった演技に「収穫としてはいいものを感じている」とも言う。得点は、そのリカバリーが利いてフリーの自己サードベストの206・67点を獲得。合計を303・71点にして顔をほころばせた。しかし、サルコウが2回転になってしまったことで失った点は大きい――。試合後、羽生は「300点超えがうれしかっただけで、勝てたとは思っていなかった」と説明した。

 その考えのとおり、最終滑走のチェンは複数のジャンプで着氷を乱しながらも、後半に4回転サルコウを入れる構成に変更するなど、4種類(ルッツ、フリップ、トーループ、サルコウ)の4回転を5回降りきる演技で204・34点を獲得。合計を307・46点にして優勝を決めた。
 「フリーの得点が200点を超えて、トータルも300点を超えてうれしかったですが、結果として負けたので悔しいですね。それに4回転サルコウをショートと同じようにミスをしてしまったので、そこの練習を早くしたいというのが今の気持ちです。サルコウは『ショートでは跳べなかった』という感覚を少し持ってしまっていたので、結局それに捕らわれていたんだなというのが率直な感想です。練習ではコンスタントに4回転4本が決まるようになっていたので、それを試合で出せなかったという悔しい気持ちもありました」(羽生)
 この大会は「ジャンプに意識を集中させる大会だった」と羽生は言う。それほどチェンの4回転の確率の高さや、チェンがやや苦手にしていたトリプルアクセルを習得しつつあることに脅威を感じているのかもしれない。ただ同時に、羽生はチェンのような若手の存在が「自分の限界を引き上げてくれる大きな要因になっているのは間違いない」とも言う。
 今大会でハッキリしたことは、優勝を狙うにはSPをパーフェクトにこなすことが絶対条件ということだろう。練習では夏場からノーミスの演技を何度もしていながら、試合ではまだできていない。それを羽生は「試合での経験値の少なさが原因」という。
 今シーズンはケガの影響でアイスショーに出られず、初戦のオータムクラシックの前に、観客がいる会場でプログラムを滑る経験ができなかったという点もある。

「まだループに慣れていないとかサルコウに慣れていないという(自分への)言い訳が、自分の頭の中にチラついていて、それが本音。4回転サルコウと4回転ループくらいだったら絶対にノーミスでできます。実際、練習では毎回ノーミスをしているので、その自信を糧にして、今回の経験を世界選手権へ向けて生かしていけばいいかなと思います」
 また、この試合のもうひとつの収穫は、パンクしたサルコウを含めて「5本の4回転にトライできたこと」だという。
「トリプルアクセルを2本というのは絶対に(演技構成から)外したくないので、4回転を5本にするにはもう1種類の4回転を跳ばなければいけない。だから、その意味ではまだ現実的ではないなと思います」と言いながらも、「それ(4回転5本)が視野に入った感覚はある」とも言う。
「今は、年々技術的な難易度を上げていく過程で、まだ自分の演技を完成できていない。その意味では、若い選手に突き上げられる恐怖感と戦っているのではないですし、ここで1位になっても3位になっても追うべきものがたくさんあると思います。とにかく自分の完成形を試合で出したいという気持ちが強いです。その点では、自分はもっともっとレベルアップできるんだと感じられる試合でした」
 最後に、「自分が持っているものを出し切れば、勝てる自信はあるか?」という質問には、「はい、勝てると思います」と、はっきりと答えた。それが彼のプライドであり、ヘルシンキで開催される世界選手権へ向けての宣言でもある。