2017.09.26 - number - SCACI FS - 羽生結弦の五輪シーズン開幕。SPでの世界新記録と悔し涙。(田村明子)

羽生結弦の五輪シーズン開幕。SPでの世界新記録と悔し涙。
Web number 2017/09/26 11:30 田村明子
http://number.bunshun.jp/articles/-/828936

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オータム・クラシックの表彰式前のリラックスした羽生の姿。照れ隠しの表情の奥に、本気の悔しさも滲む。 (Kiyoshi Sakamoto/AFLO)

 9月22日、カナダのモントリオールで開催されたオータム・クラシックで、羽生結弦がいよいよ五輪シーズンのスタートをきった。右膝に、本人は「違和感」と形容する痛みを抱え、4回転ループを見合わせるなどジャンプ構成をいくらか変えて挑戦することは、予め公表されていた。

SPで世界歴代最高スコアを更新。
 羽生にとって初日となったSPでは、2シーズンぶりのショパン『バラード第1番』に合わせて4サルコウからスタート。コンビネーションスピンの後に後半に差し掛かったところで着氷した3アクセルは、入り方、高さ、着氷とも文句のつけようがなく、ジャッジ7人全員がプラス3の加点をつけた。

 そして4+3トウループでは、2つ目のジャンプを両手を頭上に伸ばしたままきれいに着氷。ステップシークエンス、最後のスピンまでスピードが落ちることなく、完璧な演技だった。

 112.72というスコアが出ると、日本からも大勢応援にかけつけたファンで埋まった観客席がどよめいた。

 2シーズン前に、GPファイナルで本人が出した世界歴代最高スコア110.95を上回る、世界新である。

「いい演技ができれば出るなと思っていました」
 「本当にミスなく、自分の中でも、質としても納得のできる演技でショートを終えられた。(ジャンプ難易度の)構成を落としているから当然と言われるかもしれないけれど、構成を落とそうが、本番で全てを出し切るというのは非常に難しいことなので、そういう意味では一つ成長できたかなと思います」と演技後、満足そうに語った。歴代最高スコアを更新した感想を聞かれると、

 「(自分の演技の前に)ハビエル(フェルナンデス)が101取ってる段階で、自分のベストは110だよというのをすごく頭の中で思っていました。あとは冷静に考えてみて、あのとき(ベストスコアを出したシーズン)は前半に4回転ふたつなので、(現在は)それとはまったく違う、自分の中ではまったくレベルの違うものをやっていると思いますし、実際にターンから入ったりとか、(コンビネーションジャンプの2つ目で)手を上にあげたりとか、成長できていると思います。いい演技ができれば(高いスコアが)出るなと思っていました」

 この五輪シーズンにSP、フリーとも2年前のプログラムを滑ることを発表したとき、振付に時間とエネルギーを取られない分、ジャンプの難易度など内容を充実させていくことに集中したいと語っていた。その戦略が、みごとに形になった演技だった。

フリーで起こった、意外なミス。
 だがフリー『SEIMEI』では、意外な結果が待っていた。

 普段の4回転ループではなく、3ルッツから演技開始という構成。だがジャンプがパンクして1回転ルッツになってしまった。

 続いて3ループ、3フリップを跳び、スピンとステップシークエンスを経て、後半に。後半最初のジャンプ、4サルコウ+3トウループはきれいにきまったが、予定していた4トウループは2度とも2回転になり、最も安定している3アクセルで転倒。まったく羽生らしくない演技だった。

 フリー155.52と、彼の持っている自己ベストスコアより70ポイント近く低いスコアが出た。フリー5位、総合268.24でハビエル・フェルナンデスに続いて2位という結果に終わった。

 演技後、報道陣の前に現われた羽生は、こう口を開いた。

 「ルッツが最初に抜けちゃって、そこから、まあ4ループが跳べるものなので、(次を4回転にするかどうか)一瞬考えたんですけど、やっぱりそういった一個一個の雑念がすごく多くて、本当にいろんなことを考えすぎてぐちゃぐちゃになっちゃったなと思います」

悔し涙を見せた羽生。
語っているうちに、上に向けた目が涙でうるんでくる。この初戦は羽生にとって絶対に勝たなくてはいけない試合ではない。それでも、本来の実力とは程遠い演技だったことが、悔しくてならないのだろう。 「自分の心の整理のしかたとしては、本来の構成ではなかったかもしれないけれど、悔しさという大きな収穫を手に入れることができた。それプラスこの初戦の印象として、ショートの点数とか演技内容は、オリンピックで優勝するぞという印象としてはものすごく強いものがあったので、自分は強いんだというイメージを追いかけながら、さらに難しい構成で追いかけてやろうと思っています」

 言葉に出しているうちに心の整理がついてきたのか、表情も落ち着いてきた。

 やはり挑戦していくほうが楽しいのか、と聞かれると、「まあ、競技者なんでね」とくだけた口調になり、ちょっと照れたような笑顔を見せる。

 「思うのは昨日のショートやって、(コーチなど)チームは全員そう思ったかはわかんないですけれど、お客さんは限りなくもう(ループではなく)サルコウでいいじゃん、って思うわけですよ」羽生がざっくばらんな口調でそう語ると、記者たちの間から笑い声がもれた。

「挑戦しないとぼくらしい演技はできない」
 「(4回転)サルコウで(SPで)この点数を安定して出せるようになったら、フリーでもっと力を入れられる。そういう気持ちが、ぼくの中でもちょっと芽生えてしまったところがあって、それがまた悔しい。でもこういうふうになってみると、やっぱり挑戦しないとぼくらしい演技は絶対にできないと思いました」

 昨シーズンからずっと、SP、フリーともに4ループで演技を開始してきたが、ここでのフリーは前半に3回転ジャンプを3連発という構成。逆に思い切りできなくて、難しかった、という。

 気になるのは右膝の状態なのだが、本人はこう語った。

 「膝の違和感ということで最終的にこうして構成を落として、ぐちゃぐちゃになってしまったけれど、違和感を感じるような練習をしていたということも、ぼく自身の調整不足であったりトレーニングにおける意識の持って行きかた」

 自分の体にも、その出した結果にも、すべて責任を持つという彼の姿勢はこれまでも一貫してきた。

 「試合の持っていきかただけじゃなくて、試合までの道のりということでも大きくまた学べた。五輪に向けて体を作りながらいい試合をし続けなきゃいけないというシーズンでもあるので、ものすごくいい初戦だったなと思います」

 平昌五輪の本番まで、あと5カ月弱。休めるところでは休んで、まずは膝の回復を優先させて欲しい。いよいよ羽生の二連覇をかけた勝負のシーズンが始まった。