2011.12.30 - Number web - 高橋も浅田も口にした「悔しい」 全日本フィギュアで見た世界一の志 (松原孝臣)

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浅田真央(前列左から2番目)、高橋大輔(後列左から2番目)がともに2季ぶり5度目の優勝を果たした全日本選手権。浅田は3月の世界選手権で、2008年、2010年に続く3度目の優勝を狙う (aflo)

「悔しい」
 何度も同じ言葉が飛び交った。
 年末の12月23日から25日まで行なわれたフィギュアスケートの全日本選手権は、それがキーワードであるかのような大会となった。
 特に男子では顕著に表れた。

 全日本選手権は、世界選手権あるいはオリンピックなどの日本代表選考がかかる戦いとして実施されている。その重圧と緊張は計り知れない。例えば、小塚崇彦はかつて、「魔物がすんでいる」と表現したこともある。それは毎年、かわらない。
 そうした大会の男子で優勝したのは高橋大輔だった。ショートプログラムの驚異的な滑りとは対照的に、フリーではジャンプで3度転倒し、不本意な滑りに終わったが、ショートプログラムの貯金をいかしての優勝である。
 そこに喜びはなかった。

「自分の中で優勝したという気持ちはないです。失敗は本当に悔しいです」
高橋だけでなく、小塚、羽生も揃って口にした「悔しい」。

 総合2位には小塚が入った。今シーズン、フィットする靴になかなかめぐりあえなかった小塚だが、NHK杯を経てようやく納得のいく靴と出会うことができた。フリーの

「ファンタジア・フォー・ナウシカ」は、中盤のトリプルアクセルで転倒したものの、冒頭の4回転トウループを成功させて波に乗り、今シーズンでは最高の出来と言える滑りを披露してみせた。
 それでも小塚は言う。
「悔しいです」

 そして総合3位の羽生結弦もこう口にした。
「どっちかと言えば、悔しい気持ちのほうが強いです」
 フリーでは1位となった羽生だが、最後のトリプルサルコーが1回転になったことを、とことん悔いているようだった。

母の死を乗り越えて優勝した浅田の演技にも後悔が。
 一方の女子を制したのは浅田真央だった。
 ショートプログラム2位から逆転優勝を果たした浅田は、フリーのあと、キス&クライに戻ると、しきりに「悔しい」と口にしたと言う。
 心の整理をつけるのはやさしくはなかっただろう。乗り越えるのも簡単なことではない。それでも今大会の舞台に立ち、プログラムを演じた精神力それだけで敬意に値する。しかも優勝を遂げたのだ。
 だが浅田は、「悔しい」と口にする。
 そこにこめられた思いは、男子の選手たちの言葉の意味合いとは微妙に異なるかもしれないが、第一人者としての矜持もまた、そこにあった。
 総合2位の鈴木明子、3位の村上佳菜子もまた、それぞれに悔しさをかかえていた。

現状に満足しない志の高さが日本の強さの原動力だ。
 以前は全日本選手権で、内容はどうあれ選手たちが結果にホッとしたり、そのことを言葉にする姿というのも珍しくはなかった。代表選考がかかっている大会では、まずは結果を残すことが目標になるだろうし、だからそれはごく自然なことでもあった。
 今回の全日本選手権でも、上記の選手たちにとっては、表彰台に上がるということは代表入りを確実にする指標としてあったはずだ。
 なのに彼らはみな等しく、滑りの内容に満足せず、悔しさを露わにした。
 たぶんそこに、現在の日本のフィギュアスケートの強さの一端がある。
 他者との比較などがどうこうというより、自身の目指すべき世界、基準がある。そこに達しえたか否かが、彼らの満足度につながる。

 目標とする場所を、高く置いている。
 その志の高さがひとりひとりにあること、自分を高めたいという欲求が、強さにつながっているのではないか。
 こうして全日本選手権は終わり、2月にアメリカ・コロラドで行なわれる四大陸選手権と、3月末に開幕するフランス・ニースの世界選手権のシングルの日本代表が選ばれた。

 男子が高橋、小塚、羽生。
 女子は浅田、鈴木、村上。

 現状に満足しない彼らは、シーズンの佳境を迎え、さらに深化した滑りを目指して進んでいく。

 

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