2012.04.01 - web sportiva - 初の世界選手権で3位。羽生結弦が描く「金メダルよりも大きな夢」 (青嶋ひろの)

青嶋ひろの●取材・文 text by Aoshima Hirono 能登直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

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日本男子史上最年少の17歳で世界選手権銅メダルを獲得した羽生結弦

4回転トウループを颯爽(さっそう)と決めた後、トリプルアクセルを軽々と決めた後。思わぬところでの転倒にもめげず、2度目のアクセルを気合いで決めた瞬間。そして最後のトリプルサルコウに挑む瞬間……。

 プログラムの要所要所で、今シーズンの試合ごとに聞いてきた、羽生結弦の言葉がよみがえってきた。

「せっかく4回転を跳べたのに、4回転以外のところでミスをしてしまうなんて、ほんとうにダメですね……。特に後半のアクセルでこけるなんて、情けなかった」(中国グランプリ)

「最後のサルコウ、得意のジャンプでミスったことに、自分でもびっくりしてしまいました。途中まではなんとか集中できていたのに、あともう少し、最後まで集中しないと」(グランプリファイナル)

  フリープログラムの4分30秒、4回転とトリプルアクセルを決めた後、特に気を抜いてはいけないことを経験で学んだ。そして、今シーズン得た教訓を生かせ たからこそ、初めての世界選手権フリーで、エレメンツはパーフェクトにまとめた。17歳でのこのミラクルも、何ら不思議ではない納得の結果だった。

 しかもフリースケーティングの要素だけを見れば2位、フリーのエレメンツスコア(要素点)だけなら銀メダルの髙橋大輔も優勝したパトリック・チャンも抑えて1位。そして、世界選手権初出場、初メダル。これには、驚くほかない。

 とても手が届かないと思っていたチャンに、トータルスコアでは15.05点差まで迫った。今大会、ペアで銅メダルを獲得した高橋成美&マーヴィン・トラン組に続き、素晴らしい演技を伴った、素晴らしいサプライズメダルだった。

 こうなると各国メディアから早くも聞こえてくるのは、「この年齢でもう世界のメダリストになると、この先、ちょっと大変かもしれない」という声だ。

 髙橋大輔や小塚崇彦も、シニアに上がって数年間はたくさんの失敗を重ね、辛酸をなめ、「まだまだ時間がある」「今は経験を重ねる時期」と、周囲に笑顔で励まされてきた。長いチャレンジジャーとしての時期を経て、今の彼らがあるのだ。

そんな苦しくも幸福な「成長期」が、羽生結弦にはなくなってしまった。すでに、押しも押されもせぬ世界のトップスケーターの仲間入り。いろいろなプレッシャーも増えてくる。

 確かに彼は早熟だろう。彼の成績をパトリック・チャンと比べると、現在21歳のチャンの世界選手権初メダルは羽生結弦より1年遅い18歳(09年)のときの銀。

  シーズン前、羽生結弦は自らの成績を予想して、「パトリックも17歳で世界選手権に初出場して、9位。じゃあそれを越えるのが目標!」などと笑って話して いた。そして、今回銅メダルを獲得した後は、「もちろんいい結果を、いつもイメージトレーニングしてきました。でも、正直、世界選手権の表彰台のイメージ はしてこなかった(笑)。ほんとうにびっくりです」と、明かした。狙ってもいなかった場所に、もう手が届いてしまった驚き。

 それでも、羽 生結弦ならば慢心することなく前進してくれるだろう。今回のフリーを見ても、彼にはすべての経験を決して無駄にしない力がある。学習能力、積み上げる力、 成長する力は本物。チャンや髙橋に比べればまだまだ荒いと言われるスケーティングも、この類まれなる「学びのセンス」で、どんどんレベルアップしていくは ずだ。

 そして彼自身がこの先狙っていく目標も、ただのチャンピオンではないという。

「もちろん世界チャンピオンをめざしたいです。でも、1回優勝するだけじゃなく、勝ち続けたい。そして他の選手を完全に突き放せるような選手になりたいんです。だって僕は、ずっとプルシェンコを尊敬してきたんですから」

  そう、彼の目標は、世界選手権優勝3回、欧州選手権優勝7回、オリンピック3大会連続メダル獲得の「勝ち続けたチャンピオン」、エフゲニー・プルシェンコ だ。実はプルシェンコも羽生のことを認めていて、羽生はシーズンオフのアイスショーなどでプルシェンコに会うたびに、「俺を越えろ」「俺に勝て」と言われ ているそうだ。

 プルシェンコが目標ならば、17歳で世界選手権のメダリストになっても、早すぎることはない。「勝ち続けるチャンピオン」に向けて、この銅メダルがスタート地点。驚いている時間も、夢見心地に浸っている時間も、それほど長くはなさそうだ。

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