2013.08.31 - web sportiva - 夢の舞台を目指す羽生結弦、「五輪シーズンの戦略」とは? (折山淑美)

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

2014年のソチ五輪でのメダル獲得を目指す羽生結弦が、8月30日に一昨年までの本拠地だったアイスリンク仙台で練習を公開した。

  100人近いメディアの数に、「これほど大規模になるとは思っていなかったのでビックリして、最初は集中できなかった」と苦笑したが、今季のフリープログ ラム(FP)の曲『ロミオとジュリエット』や、ショートプログラム(SP)の『パリの散歩道』を流しての練習や、4回転トーループ(4T)、4回転サルコ ウ(4S)の練習も行なった。
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故郷である仙台のリンクで練習を公開した羽生結弦

「カナダから一度帰国しましたが、これからカナダでキャンプ(合宿)が始まるので、(練習を公開する)タイミング的にはこの時期しかなかった。この後は9月3 日にカナダへ戻り、フィンランディア杯、スケートカナダ、フランス杯と試合に出るので、次に日本に戻って来るのは、(出場がかなえば)グランプリファイナル(12月上旬福岡)になる予定」と言う。

 だが、カナダでの練習が本格化しているなかでの一時帰国だったため、やや疲労が残っている状態。動き自体は若干キレを欠き、4Sで転倒をするなど苦しんでいた。

  それでも、4Tは綺麗に決め、「4Tは確率も年々上がっていて今ではアップ無しでもポンと飛べるくらいになっています。ただ、サルコウはエッジ系のまった く違うジャンプだから今日はすごく大変だった。数年前このリンクで4Tに苦戦していた時のように一生懸命やれたので、懐かしい気持ちでしたね。以前は1時 間以上も4Tの練習しかやらない時もあったので、それを思い出しながら楽しくやれました」

 こう話す羽生は、ソチ五輪を「五輪を夢見た子どもの頃からの、ひとつの集大成」と言う。彼にとっては初めての五輪挑戦ではあるが、五輪に出て金メダルを獲りたいというのは小さな頃からの夢。

羽生は、バンクーバー五輪の翌シーズン(2010-2011)にジュニアからシニアに昇格し、グランプリシリーズに挑戦。2011年の四大陸選手権 では銀メダルを獲得した。それ以降、2012年3月の世界選手権で銅メダル獲得、2012年12月の全日本選手権初制覇と、着々と実績を積み上げてきた。

 大切な今シーズン、彼はフリープログラムの曲に2シーズン前と同じ『ロミオとジュリエット』を選んだ。かつての曲はクレイグ・アームストロングの作曲だったが今回はニーノ・ロータ作曲。

「ロミオとジュリエットは小さな頃から『この曲でやってみたい』と思っていた曲ですし、東日本大震災があった後のシーズンに、全国各地を転々としながらアイス ショーで滑っていた頃の曲でもあるので、僕にとって2年前のプログラムはすごく大切なもの。今回は曲調も違うから、違った雰囲気になると思う。今しか出来 ない最高のロミオとジュリエットを、シーズンを通してやってみたいと思っています」

 羽生は、今季の構成では昨シーズンの4T、4Sという 順番を逆にし、4Sを最初に持ってきてその後に4Tを入れる構成にした。昨シーズン、得意な4Tは決められても4Sをなかなか決められなかったため、「自分にとって一番やりやすいのは4S-4Tの順番」と思い、変えることを決めていたのだ。今年2月の四大陸選手権の後にその決断をしていたが、3月の世界選 手権では大会前のインフルエンザや膝のケガの影響もあり、実行できずにいたと言う。

「トーループに余裕が出てきたので、練習でもサルコウに ある程度気持ちを入れられるというか……。だからサルコウを抜いて4Tを2回というのは考えなかったですね。それは得点的にも、サルコウを4回転にしてお くと後半でも3回転トーループ(3T)を入れられて、トリプルアクセル(3A)からのコンビネーションジャンプに3Tをつけられるし、3Sも跳べるので。 4回転を複数入れるのは何人もやっているけど、4Sを跳べる選手は数人ですし、せっかく(4Sというジャンプを)持っているのだから、その武器を活かそう と思いました」

「僕の場合、パトリックや高橋大輔選手に、プログラムコンポーネンツで勝てるとは思わないので……。その面では点数もしっか り計算して、いいジャンプを跳んでいくしかないと思っています。もっともっと表現力を磨いていこうとは思っているけど、しっかりジャンプを決めることこそ が僕のスケートじゃないかな、と思っていますね」

 今年は上半身の体幹部を強化して、体が若干大きくなってきた。トレーニングも順調のようだが、五輪代表の座を勝ち取る争いの厳しさも十分承知している。

「全日本選手権で優勝できる力をつければ、必然的に五輪でもいい成績を収められると思う。そのためには選考の対象になるGPシリーズでいい結果を出 して、全日本選手権に余裕を持って臨みたいという気持ちもあります。とにかくすべての試合を通して、自分の精一杯の力を込めて演技をしていくことが大切だ と思います。高橋選手の公開練習の映像を見ても、小塚選手のアイスショーでの滑りを見ても、仕上がりが早いなという印象です。僕自身はまだまだ上がりきれ ていないところもあるので、もっともっと仕上げなくてはいけないなと思います。試合で必要なのは、気合いとタイミングで、そこに運も絡んでくると思いま す。その運をドンドン高めていって、自分の実力となるように、精一杯練習していきたいです」

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今季、全日空と所属契約を結んだ羽生。海外遠征の渡航時などにサポートを受けている

  一方、ショートプログラム(SP)については、当初は曲を変えるつもりだったが、いろいろと迷った結果、結局昨シーズンと同じ『パリの散歩道』になった。 これは、昨シーズン、95点台の世界歴代最高点を連発したプログラム。昨年よりレベルアップさせて、さらなる高得点を狙いたいという目標もあるが、同時 に、「SPに余裕を持つことでフリーの完成度を高めることに集中できるというメリットも大きい」と言う。

 SPに関しては、昨シーズン前半戦は完成度の高い演技が出来たにもかかわらず、「世界選手権でケガをして崩れてしまったのが悔しかった」と言う羽生。だからこそ、「まだあのプログラムは本当に完成はしていない」と思い、今年のアイスショーで滑っていたのだ。

「あの時は4回転を跳ばなかったけど、お客さんに見てもらうことをすごく意識したプログラムでした。それが生きていて、練習では表情を柔らかくしながら、ジャンプに集中できている」

 SPの曲を変えないことで磨きをかけ、その成果を十分に発揮できそうな今シーズンは、フリーの『ロミオとジュリエット』をどこまで完成できるかがポイントのひとつだろう。五輪シーズンでの羽生結弦の進化が、楽しみになってきた。

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