2014.11.28 - web sportiva - NHK杯出場を決断した羽生結弦が優勝する確率は?(折山淑美)

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao

11月8日の中国大会フリーの6分間練習で、ハン・ヤンと激突してケガをした羽生結弦が、グランプリシリーズ日本大会のNHK杯に出場することが決定した。羽生は中国大会で試合に強行出場して2位となり、帰国後の精密検査で5カ所のケガで全治2~3週間と診断されていた。

※頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫

http://i.imgur.com/1khRW7I.jpg

NHK杯に出場することが決定した羽生結弦

 そして11月26日、練習後に医師の問診を受け、異常無しと判断されたことを受けて、本人やコーチも含めて話し合った後、日本スケート連盟の小林芳子強化部長が羽生の出場を発表した。

 グランプリシリーズの男子シングルは第5戦のフランス大会を終えてグランプリファイナル進出を確定させているのは、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)とマキシム・コフトゥン(ロシア)、町田樹の3名。残りの3名が第6戦のNHK杯で決定する。

  可能性を残しているのは、カナダ大会優勝の無良崇人と中国大会2位の羽生、ロシア大会2位のセルゲイ・ボロノフ(ロシア)とアメリカ大会5位のジェレ ミー・アボット(アメリカ)の4名。このうちアボットは優勝が絶対条件になるが、無良は4位以内、羽生とボロノフは3位以内で進出決定ということになる。

 その後羽生は、休養してから約1週間前に氷上練習を再開したという。まだ両脚には少し痛みが残る状態で万全ではないが、ブライアン・オーサーコーチはショートプログラム(SP)では後半の4回転トーループを前半に持ってくると明かし、勝利へ向けて戦略を練っている。

「昨年より進化した姿を見せるのが、五輪王者としての務め」と強く意識する羽生。NHK杯では「レベルを落とす構成にする」としているが、彼の今季プログラムは、昨シーズンよりはるかに高度なものになっている。

まずはSPでも「フリー後半の4回転ジャンプの練習になればいい」と、後半に4回転を入れることにした。そして、フリーで3回の4回転ジャンプを入 れ、最初に4回転サルコウと4回転トーループを跳んだ後、基礎点が1・1倍になる後半にも4回転トーループを入れる構成にしている。

 さらに、技と技のつなぎの部分も表現をより意識し、複雑な動きを組み合わせることでより難しい演技構成にしている。とくにフリーは、本人も「休む間がない」と言うほどのハードなものだ。

  その羽生の試みが中国大会でも評価された。SPで、後半の4回転が3回転になり、3回転連続ジャンプが単発になるミスをしたものの、演技構成点は、上がス ケーティングスキルとコンポジションの8・96点、下はトランディションの8・75点とほぼすべての項目で高得点を獲得していた。

 また、 羽生はフリーのジャンプで5回転倒し、終盤には体力も尽きて滑りきるのがやっとだったが、中盤まではステップやつなぎでエッジを効かせた丁寧な滑りを続け た。その点が評価され、演技構成点ではパフォーマンスの8・04点以外は8点台中盤を獲得。優勝したコフトゥンを上回る84・02点を獲得していた。

  中国大会での羽生は「後半の4回転はまだ練習法が確立できていなくて確率は低いですけど、体力がある一発目の4回転なら確実に跳べる体調」と話していた が、その言葉通り、アクシデント後のフリーで、サルコウとトーループのふたつの4回転は転倒こそしたものの完全に回りきっていた。

 羽生は、26日の練習で2種類の4回転ジャンプを跳んでいた。それを考えれば、試合で力を発揮する羽生が、NHK杯のSPで冒頭の4回転トーループを成功させ る確率は高いといえる。さらに後半に入れる予定の得意のトリプルアクセルと3回転ルッツ+3回転トーループを確実に跳べば90点台は十分可能で、もし4回 転で転倒したとしても80点台後半には届く計算になる。

 また、フリー後半の4回転トーループからの連続ジャンプを、確実性を増すために3回転ルッツ+3回転トーループに変更しても、ステップやスピンを 中国杯と同じレベル以上にできれば、基礎点だけで86・39点になる。そうなれば最初の4回転をふたつとも転倒して、他のジャンプをこなしてGOE(技の できばえ点)の加点がほとんどなくても170点前後にはなり、SPとの合計は最低でも約260点になる。

 一方、今回NHK杯に出場する無良の自己ベストはスケートカナダで出した255・81点で、ボロノフとアボットは252・55点と246・35点。数字上では、よほどのことがない限り、羽生が優勝する確率が高い。

  中国大会のアクシデント後の精密検査で、幸いにも脳に異常はなかった羽生だが、ケガから回復している途中であることは間違いない。彼の将来を考えて、 NHK杯は出場を回避するという判断もあっただろう。それでも、出場を決断した彼の心の中には、ファイナル連覇という目標とともに、自分が決意した進化の 歩みを止めたくないという思いも強いのではないだろうか。

 また、グランプリファイナルにソチ五輪メダリストがひとりも出ない状況にしたくないという、五輪王者としての責任感もあるだろう。

※銀メダルのパトリック・チャンは今季休養。銅メダルのデニス・テンはファイナル出場を逃している。

  2012年世界選手権(ニース)では、羽生はSPでひどい捻挫をしながらも、フリーで挽回して3位に食い込んだ。そして13年世界選手権(カナダ)では、 直前に膝を痛めた最悪の状態でSP9位発進も、日本代表として五輪出場枠3を確保するという強い思いでフリーに臨み、4位にジャンプアップする結果を残し ている。そうした逆境を乗り越えてきた経験が、今の羽生にはある。「自分の限界に挑んでいる」と語った羽生のNHK杯での演技に注目したい。

sportiva.shueisha.co.jp