2016.11.26 - sportsnavi - 「荒さは武器」羽生結弦に漂う円熟味 4回転ループ不発も余裕の100点超え (大橋護良)

「ジャンプはプログラムの一部でしかない」

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103.89点と他を圧倒してSP首位に立った羽生。4回転だけでなく、プログラム全体の完成度を追い求める【写真:アフロスポーツ】
 NHK杯の前日会見で、羽生結弦(ANA)はこう語った。
「4回転ループを入れることが今季の取り組みで注目されることはあるんでしょうけど、自分にとってジャンプはあくまでプログラムの一部でしかないんです。だからプログラムとして見ていただけるように、ジャンプだけではなく、スケーティングのクオリティーを上げ、完成度を高める練習をしてきました」
 今季初戦となったオータム・クラシックで史上初めて4回転ループを成功させたこともあり、ジャンプに注目が集まるのは必然だった。しかし、そうした状況は羽生にとって本意ではなかった。4回転ループを跳べるか否かではなく、その他のジャンプの質、スピンやステップといった要素まで、プログラム全体を見てほしいという思いがあったのだ。
 迎えたNHK杯のショートプログラム(SP)。過去2戦とは違う紫の衣装で登場した羽生は、冒頭の4回転ループでステップアウト。しかし、続く4回転サルコウ+3回転トウループはクリーンに降り、後半のトリプルアクセルはGOE(出来栄え点)で3点の加点を得た。今年4月に亡くなったプリンスのロックナンバー『レッツゴー・クレイジー』に合わせて、スピーディーかつ激しくリンクを舞った。スピン、ステップは共にすべてレベル4を獲得。演技構成点も全5項目で9点台をマークし、103.89点をたたき出した。
 4回転ループでミスがありながら、それでも100点台を取れるのは総合力の高さに他ならない。まさに他を圧倒する演技でSP首位に立った。

自分の武器である「荒さ」の意味

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「やっとプログラムらしくなった」と語った羽生の心情は、演技後の表情にも表れていた【写真:アフロスポーツ】
「正直、『もうちょっとだな』という気持ちが強かったんですけど、(2位に終わった)スケートカナダから成長できた部分が多々ありました。また自信を持って臨むことができたので、このプログラムを非常に楽しむことができたと思います」
 自身の演技にある程度満足がいったのか、羽生の口調は滑らかだった。次から次へと言葉が溢れ出てくる。その中で繰り返し強調したのが、「プログラム」と「表現」という単語だった。
「(今季3戦目にして)やっとプログラムらしくなったなという実感はあります。ただ、このプログラムにはいろいろな意味が込められていると思うし、まだ勢いがある10代のスケートみたいになっている。勢いだけではなく、緩急だったり、歌詞の奥にあるものだったり、自分の奥にある感情なんかを出していきたいです」
 自分の奥にある感情。今回さらけ出したのは、スケートカナダでふがいない演技をしてしまった「悔しさ」だった。羽生はそうした「悔しさ」や「怒り」といった感情をエネルギーに変えることができる。昨シーズンのNHK杯で史上初の合計300点超えを果たしたときも、前の試合だったスケートカナダで不本意な出来に終始したことに悔しさを感じ、その後に猛練習を積んだことが快挙につながった。2014年の世界選手権ではSPの演技に怒りを覚え、その気持ちを解放したことが逆転優勝の要因になった。
 羽生はこうした自身の特徴を「荒さ」と表現する。「悔しさ」や「怒り」というのは決してきれいな感情ではないからだろう。そしてそれがスケーターとして「自分の武器」だとも語る。


4回転ジャンプ以外の大切な要素

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平昌五輪のプレシーズンである今季、羽生は再びロック調の曲を用いている【写真:アフロスポーツ】
 そういう意味では、羽生にとってロック調のプログラムは相性が良いと言える。14年のソチ五輪で金メダルを獲得した際のSPは『パリの散歩道』(ゲイリー・ムーア)。『レッツゴー・クレイジー』と同じくロック調の曲だった。『パリの散歩道』は12−13シーズンから2年間にわたり使用し、歴代最高得点を幾度も塗り替えた羽生の代表的なプログラムだ。4年前と同様、五輪のプレシーズンにロックを持ってきたのは、平昌に向けて足場を固める段階に入ったと見ていいだろう。
 現在の男子フィギュア界は史上類を見ない「4回転時代」に突入している。宇野昌磨(中京大)が4月に4回転フリップを成功させると、今回のNHK杯に出場しているネイサン・チェン(米国)は2週間前のフランス杯で、4回転ルッツと4回転フリップを同時に決めてみせた。今や国際大会で勝つためには複数の4回転ジャンプが求められる時代。選手たちは加速するその流れに対応していく必要がある。
 しかし、4回転ジャンプを多く跳んだからといって必ずしも勝てるわけではない。世界王者のハビエル・フェルナンデス(スペイン)はこう語る。
「もちろん4回転を跳ぶのは重要です。ただ他にも大切な要素があって、スケーティングを高めることや、1つ1つのGOEを上げること、スピードをつけることなどが得点に直結してきます。新しい4回転を習得するのに時間を割くのであれば、僕はそういう部分の改善が必要だと思っています」
 共に練習し、ライバルでもあるフェルナンデスの言葉は重い。羽生が4回転ループだけではなく、プログラム全体についてしきりに言及したのも、そうした細部の重要性を理解しているからだろう。

まだまだ感じる伸びしろ
 宇野やチェン、金博洋(中国)といった10代の若き4回転ジャンパーと比べて、12月で22歳を迎える羽生の演技には、円熟味が出てきた。武器である「荒さ」とはイメージ的に結び付きづらいが、曲調に合わせて観る者を引きつける動きや、会場に一体感をもたらす名演ぶりは圧倒的ですらある。
 それでも、羽生自身はまだまだ伸びしろがあると感じている。
「このSPは過去2年に比べて非常にテンポが速くて、スケーティングを見せるというよりも表現力が試されるプログラムなので、これからもっと磨いていけると思っています。はっきり言って4回転ループをきれいに降りることができれば、あと5点くらいは伸びる。その(ループが成功したときに得られる)5点とは別の部分をしっかり突き詰めてやらなければいけないと思っています」
 具体的にはスピンやステップ、トリプルアクセルなどがそれに該当するようだ。もちろん4回転ジャンプについてもさらなる向上を図っていく。
「ネイサン選手からは多くの刺激をもらっています。自分はループですけど、ルッツやフリップの方が難易度は高い。昨年の金博洋選手も同じでしたけど、まだまだ自分に伸びしろがあるなと感じるんですね。自分はこういう構成なんだからもっとできるなと自信がつくんです」
 フリースケーティングは久石譲作曲の『ホープ&レガシー』。SPとは一転してピアノの旋律が美しく響く曲調だ。「違った印象のプログラムで、異なる雰囲気を出し、SPよりも伸びのあるスケーティングを見せたい」。そう語る羽生の目はすでに次へ向けられていた。

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