2012.12.23 - web sportiva - 別次元の戦い。羽生結弦と髙橋大輔が生み出す頂点への推進力 (折山淑美)

折山淑美●文・取材 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

http://i.imgur.com/3UoFMCV.jpg

2012年の全日本選手権を制したのは初優勝となる羽生結弦。2位に髙橋大輔、3位に無良崇人が入った。

NHK杯とGPファイナルに続く今季3度目の髙橋大輔と羽生弦結の対決は、過去2戦以上にハイレベルなものになった。

  12月21日のショートプログラム(SP)、最初に滑ったのは髙橋だった。GPファイナルと同じ演技構成の冒頭、4回転トーループは回転不足でGOE(出 来ばえの加減点)も減点されたが、その後は立て直す。そして終盤は持ち前の表現力の高さを発揮し、ステップでは7名の審判全員からGOEで最高の3点の加 点をもらう圧巻の演技。4回転を成功したGPファイナルの得点には及ばないものの、88・04点を獲得してトップに立った。

「4回転は上 がった瞬間にヤバいと思った。これまでだったら転倒をしているところだったが、ダウングレードながらも4回転と認められて降りられたのは、少しずつ自分の ものになっているということだと思う。この緊張感の中ではまぁまぁの演技ができました」と、髙橋は笑顔を見せた。

 一方、昨年のこの大会ではSP最終滑走者となりプレッシャーでメロメロになっていた羽生は、今季の成長ぶりを遺憾なく発揮した。

 演技前の6分間練習は出来が悪く、「緊張感と不安に襲われた」という羽生だったが、最初の4回転トーループを完璧に決めると勢いに乗った。各要素を丁寧にこなし、ジャッジのGOEスコアは、ほぼ2点と3点で埋められる上々の出来。

 演技の迫力が、そのままリンクを支配する緊迫感となって観客席まで伝わってくるような密度の濃い2分40秒間。GPシリーズで連発した世界歴代最高得点を(国際大会ではないため)非公式ながらもさらに上回る97・68点を出して髙橋を抜きトップに立った。

「去年、最終滑走でダメだったイメージも残っていたので緊張したし、6分間練習も今までにないくらいダメだったので……。得点にはビックリしているが、緊張している中でもああいう演技ができたのが嬉しい」

 2週間前のGPファイナルでは、連続ジャンプで無理をして跳んだ後半のジャンプで転倒するというミスを犯したが、それを除けばGPシリーズの初戦と第2戦から確実に得点を伸ばす結果。昨季は失敗を繰り返していたSPを、新たな武器とするまでに自信を深めた。

 SPで9・64点の大差がついたふたりの戦いは、翌日のフリーでは最終組第1滑走者の髙橋が攻めた。

http://i.imgur.com/fBkryji.jpg

ブライアン・オーサーコーチのもとで成長を続ける羽生

「ショー トで点差をつけられた悔しさもあったし、全日本独特の緊張感もあったけど、あそこまで開いたら思い切りやって最高のパフォーマンスをするしかないと思っ た」という髙橋は、最初の4回転トーループを成功させると、続く4回転トーループはわずかに回転不足ながらも2回転トーループを付けて連続ジャンプにする ことに成功。

 その後は「テンションが上がり過ぎてステップシークエンスでも要素をいくつか飛ばしてしまったし、終盤のコリオシークエンス には早いタイミングで入り過ぎてしまって……。恥ずかしかったけど適当な動きでつなぎました(苦笑)」と言いながらも、その気迫が観客まで巻き込む圧巻の 演技となった。

 そして最後は「細かなミスがあって完璧ではなかったけど、4回転を2本成功させられたし、思い切り滑りきることができたから」と、両手を3回も突き上げるガッツポーズでプログラムを締めくくったのだ。

 フリーの得点は192・36の高得点。合計得点も280・40点というハイレベルなものにして羽生へプレッシャーをかけた。

  だが、羽生も踏ん張ってその重圧に負けなかった。NHK杯ではフリーの終盤にスタミナ不足でヘロヘロになり、GPファイナルでは4回転サルコウが2回転に なる失敗をしていたが、冒頭の4回転トーループで着地の重心が後方に行き過ぎながらもこらえ、続く4回転サルコウでは尻が大きく沈んで「あわや転倒か」と いう状態をこらえきった。

 そこで力を使ってしまい、中盤のステップシークエンスからは明らかにスピードが落ちたものの、最後まで丁寧な演技で乗り切った。

 結局、羽生は、技術要素点では髙橋を0・49点上回ったが、芸術要素点ではすべての項目で9点台中盤から後半を出した髙橋に6・30点及ばず、フリーでは2位。しかし、総合点では髙橋を4・83点抑えて全日本選手権初優勝を果たした。

「GP ファイナルでサルコウをパンクした(4回転が2回転になった)のが悔しかったが、今回はそれを克服できたと思う。全日本選手権という舞台で表彰台の真ん中 に上がれたことに興奮したけど、フリーで2位になったのは悔しいですね。今までずっと先輩方を追いかけてきたけど、フリーでは負けたから実力的にはまだ抜 いていないと思います」

こう話す羽生は、今季をソチ五輪へ向けてまず自分のプログラムを作り上げるためのシーズンととらえている。その中で「体力的にはまだ足りないと感じ ている」と言うように、SPでは完璧な演技を作り上げているのに比べ、演技時間が長いフリーは、各要素をこなすのが精一杯という状態で、完成度はまだ低 い。だがNHK杯よりGPファイナル、そしてファイナルより全日本選手権と、短期間のうちに着実に進歩していることも確かだ。

 さらなる進化の途上にある羽生は、全日本初制覇に奢ることなく次のステージへ視線を向けている。

「ここ最近は(ブライアン・)オーサーコーチにもしっかり見てもらっていないので、カナダに帰ってしっかり話し合いながら練習をしたい。コーチには『全日本はもちろん狙うが、今シーズンで一番調子を上げなければいけないのは世界選手権だ』と言われているから」

   さらに今季の成長の要因も、「オーサーコーチは試合までのペース配分がものすごくうまい。練習でそれぞれの要素をやる回数も決め、『これはそれ以上やると 悪くなるから、次の要素の練習にしよう』と自分をコントロールしてくれる。それで効率も上がっているし、力もついているのだと思う」と話し、この後の成長 にも自信を持っている。

「芸術要素点も今回は高い評価をしてもらえましたが、自分としてはまだまだだと思っていますし、その評価に匹敵するスケーティングや表現力まではいっていないと思う。その点数を、しっかりと自分の力で出せるようにしていきたいと思う」

  こう話す羽生に対し髙橋は、「完璧ではなかったが、フリーで4回転を2回成功したのはケガをした後では初めて。ここを僕のスタート地点にして、どんな状況 でも(4回転を)入れられるようにしなければいけないというモチベーションが上がってきました」と、羽生の台頭を自らの刺激にしている。

 さらに髙橋が「この後は他のトップ選手と同じように、トーループだけではなく2種類の4回転ジャンプを入れられるようにしたい」と話すと、羽生はそれを聞いて「じゃあ、僕は3種類跳べるようにしたい」と対抗心をあらわにする。

 全日本選手権でも、世界トップレベルといえる別次元の戦いを繰り広げ、切磋琢磨を続けるふたり。その中でも今季の羽生の急激な進化は、世界の頂点を究めようとする日本男子にとって強力な推進力になっている。

 互いを高め合うふたりが生み出すエネルギーが、どんな形で実を結ぶのか。2013年3月の世界選手権でその成果を見ることができそうだ。

sportiva.shueisha.co.jp