2016.11.27 - sportsnavi - 羽生とオーサーが乗り越えた転換点 300点超えを導いた段階的アプローチ (大橋護良)

2016年11月27日(日) 11:15

ミスをしながらも大台突破

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4回転ジャンプで1つの転倒があったものの、300点超えを果たした羽生【写真:アフロスポーツ】
 羽生結弦(ANA)が3度目となる合計300点超えを果たし、NHK杯の連覇を達成した。この結果、4連覇が懸かるグランプリ(GP)ファイナルへの進出も決定した。
 前日のショートプログラム(SP)でミスした4回転ループを、フリースケーティング(FS)では見事に成功させた。やや軸が斜めになりながらもGOE(出来栄え点)では1.57点を獲得。演技後半の4回転サルコウは転倒したものの、他の7つのジャンプではすべて加点をもらうなど、「満足できる内容」(ブライアン・オーサーコーチ)で演技を終えた。
「正直、ホッとしました。今回はミスがあった中で300点を超えることができたし、スケートをやっていて楽しかったです。4回転ループはなんとか耐えられました。他の4回転にしても、トリプルアクセルにしてもまだ伸びしろがあると思うので、ここからさらに練習して、自信を持ってGPファイナルに臨みたいと思います」
 演技直後は「もうちょっとだな」とつぶやいた羽生だが、時間を置いてミックスゾーンに現れると、手応えを口にした。
「ようやくベースができてきたと思います。(2位に終わった)スケートカナダのときにはベースも何もなく、ガタガタと崩れ落ちた感じが自分の中にあったんです。でも今回はまったく違う感覚で滑ることができました。日本だったからこそかもしれないですけど、お客さんの方を向いてアピールすることができたし、少し成長できたかなと思っています」
 スケートカナダからわずか1カ月。ミスをしても300点超えを果たすまでに調子を上げてきた羽生に、どんな変化が生じたのか。

トータルパッケージの重要性

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NHK杯ではスケーティングとジャンプを一体化させた演技を目指した【写真:アフロスポーツ】
 今季の羽生にとって最も大きな変化は、SPとFSにそれぞれ4回転ループを入れたことだろう。まだ習得して間もないため、どうしてもシーズン開幕前からそれに対する練習の比重が大きくなる。そのせいもあり、羽生を指導するオーサーからしてみれば「スケーティングや細部のところがおろそかになっていた」。しかし、オーサーはそれを許容する。
「コーチと選手であっても、それぞれ学ぶ瞬間というものがあります。ユヅルはトレーニングにおいて実験したいこと、試したいことがあった。コーチである私は、選手のそうした思いを汲(く)んであげるべきだと思いました。彼も私も間違いを犯す自由があってしかるべきなのです。そういうことを経て、さらに良い関係性を見いだしていくこと、強い関係を築いていくことが重要だと考えています」
 オーサーは羽生にさまざまなことを試させた。その結果、スケートカナダでは不本意な出来に終わる。2人はすぐに話し合いの場を持った。オーサーが羽生に伝えたのは「トータルパッケージを大切にしなさい」ということだった。日本語で表現するのは難しいが、要はジャンプやスケーティングといった一要素ではなく、演技全体を考えることが重要だということだろう。4回転ループばかりに意識が向いて、他の要素がおろそかになり、演技自体が崩れてしまっては本末転倒になる。
 だが、羽生にとっては「ジャンプをきちんと決めないと、トータルパッケージにならない」という思いがあった。そこに考えのずれがあったのだ。羽生はそれをオーサーに伝えると、オーサーも納得した。
「スケーティングをおろそかにしていたわけではないですけど、確かにスケートカナダまではジャンプに集中して、ジャンプのためのスケーティングをしていました。ただ、その段階をスケートカナダでクリアしたので、NHK杯に向けてはスケーティングとジャンプを一体化させて、トータルパッケージを作っていこうという話になりました」(羽生)

成熟した2人の師弟関係

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羽生とオーサー(左)の関係は、5年目にしてさらに深化した【写真:アフロスポーツ】
 この話し合いをきっかけに、羽生とオーサーの間で意識が統一され、練習の質が格段に上がった。加えてコミュニケーションの垣根が取り払われ、より深い部分で分かり合えるようになったという。5年目を迎えている2人の師弟関係だが、羽生の演技同様、さらに成熟したものになっているようだ。
「ユヅルにいろいろなことを試させた上で、2人の間で共通する部分において歩み寄る。そうしてもっと成長を遂げていこうという話をしました。どんな人間関係でも常に完璧であることはない。そういう意味で、われわれの関係はとても健全なものだと思います」(オーサー)
 こうした段階的なアプローチが、NHK杯での優勝につながった。昨シーズンのNHK杯ではノーミスの完璧な演技で300点超えを果たしたが、今回はミスを犯したうえでの得点。その意味合いは大きく異なってくる。裏を返せば、ミスしても300点を取れるくらいまで、各要素に対する羽生のレベルが上がっているのだ。オーサーも手応えを感じている。
「昨シーズンの今ごろを振り返ると、NHK杯やGPファイナルで高い得点を出しましたけど、その分すごく無理をしていたところがあると思うんですね。それが今は自然な流れで、(来年3月に行われる)世界選手権のときに一番良い状態になるようにしたいと思っています。オータム・クラシックとスケートカナダはまあまあの出来でした。NHK杯までいろいろな葛藤もありましたが、この大会から本当に調子を上げていく道がスタートしたんだと思います」

表現面のキーワードは「コネクト」

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輝かしい戦績を誇る羽生だが、コーチも自身も、さらなる成長に自信を見せる【坂本清】
 今大会を通じて、羽生は繰り返し自身の「伸びしろ」を強調していた。成長に対する貪欲な姿勢は以前とまったく変わっていない。4回転ループを今季からプログラムに組み込んだのも、連覇が懸かる平昌五輪を見据えてのことだ。オーサーも羽生の伸びしろを認める。
「ユヅルはまだ若く、成長の途上にあります。今も力や勢いをどんどんつけている状態です。取り損ねている要素もあるのですが、これでいいのだと思います。あとは今まで以上に落ち着いて演技をしていければもっと伸びていくと考えています」
 もちろんジャンプやスケーティングといった技術的な部分だけではなく、表現面についても向上の余地がある。FS後、羽生が発したのは「コネクト」という単語だった。日本語で「つなぐ」という意味を持つ言葉だが、羽生がつながりたいのは観客だという。
「SPでは(今年4月に亡くなった)プリンスさんのようなロックスターを演じることが自分の目標で、ライブのようなパフォーマンスをして観客の皆さんとコネクトしようと思いました。FSはむしろ僕が今までスケートを滑ってきた中で感じた苦しみや希望を、これからどうつなげていくかを考えて、皆さんに力をもらったシーンを思い浮かべながらコネクトしていきたいと思っています」
 この1カ月あまりで、羽生は多くの変化を経験した。そうした転換点を乗り越えた先により進化した自身の姿がある。羽生にとってスケートカナダからNHK杯までの時間は、大きな財産になったのではないだろうか。

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