2014.11.05 - sportsnavi - 振付師バトルが語る羽生との共同作業 『パリの散歩道』誕生秘話、新プログラム (大橋護良)

羽生やチャンの振り付けを担当

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プロスケーターとしての活動に加え、振付師としてもその才能を発揮しているジェフリー・バトル【スポーツナビ】

 フィギュアスケートのシーズン本格到来を告げるグランプリ(GP)シリーズは、すでに2大会を消化。スケートアメリカでは今年3月の世界選手権で銀メダルを獲得した町田樹(関西大)が圧巻の演技で連覇を成し遂げた。続くスケートカナダでも、無良崇人(HIROTA)が自己ベストを大きく更新しての優勝と、日本勢が開幕から2連勝を果たし強さを見せつけている。
 そして11月7日から始まる第3戦・中国杯では、いよいよソチ五輪金メダリストの羽生結弦(ANA)が登場する。羽生は10月に開催されたフィンランディア杯にエントリーしていたが、腰痛のため欠場。そのため中国杯が今季初戦となる。
 昨季は、五輪だけにとどまらずGPファイナル、世界選手権も制すなど、シーズン後半の男子フィギュアはまさに羽生一色に染まった。特に『パリの散歩道』を使用したショートプログラム(SP)では、史上初の100点超えを記録。演技をするたびに次々とベストを更新していき、名実ともに世界一の選手に成長した。
 この歴史的なSPの振り付けを担当したのがジェフリー・バトル(カナダ)である。2006年のトリノ五輪で銅メダルを獲得し、08年の世界選手権を制した経験を持つ名選手は現在、プロスケーターとしての活動に加え、振付師としてもその才能を発揮。羽生やパトリック・チャン(カナダ=今季は休養)をはじめ、多くの選手の振り付けを行っている。そんなバトルに、羽生との秘話を聞いた。

史上最強のプログラム『パリの散歩道』

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『パリの散歩道』は羽生の代名詞となるプログラムとなった【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 まずは“史上最強のプログラム”との呼び声も高い、『パリの散歩道』が生まれた経緯について。12−13シーズンにバトルが振り付けたこのプログラムを、羽生は2シーズン連続で演じた。
「ユヅルの振り付けを担当したのはこのシーズンが初めてで、僕は緊張していたんだ。ぴったりの曲を見つけたんだけれど、彼は競技用として似たような曲を使ったことがなかったから、どんな反応が返ってくるか想像もつかなくて……。
 でも振付師もスケーターも、音楽に飛び込まなければいけないときがある。音楽を再生して、ときには大音量でかけて音を体感し、この楽曲がどれだけ素晴らしいかを説かなければいけない。でも彼はすごく楽観的で、進んでこの曲を受け入れてくれたんだ」
 北アイルランドのギタリスト、ゲイリー・ムーア作の同曲はロック調のナンバー。それまでクラシック調の曲を使用することが多かった羽生のイメージを一新させるものだった。バトルによると、羽生のスケーティングには「男らしい荒々しさ」や「奔放さ」があるのだという。その個性を引き出すための選曲だったというわけだ。
「結果的に彼は立派に演じてくれた。『パリの散歩道』は、この曲が持つ世界観を深く理解する必要があるんだ。もし振り付けに忠実に演じていたら少し退屈で、ワクワク感がないプログラムになっていたかもしれないね。

 でも、彼はよくやってくれたと思う。僕は彼の動きにちょっとしたリズムを与えた。個性というものを見ている人に伝えたいわけだから、これはとても大切なんだ。最初はすごく神経質にもなったけれど、最終的には素晴らしい経験になったと思っているよ」
 12年のスケートアメリカで、当時のSP歴代最高得点を更新して以来、羽生はこのプログラムとともに世界一への階段を駆け上がってきた。バトルの持つ慧眼(けいがん)と羽生の才能がシンクロした結果、誕生した奇跡的な作品と言っても決して過言ではないだろう。


「ユヅルとの作業は驚きに満ちている」
 それでは、羽生との振り付け作業はどのように行われているのか。
「ラッキーなことに彼はトロント(カナダ)で練習をしているから、一緒に作業をする機会も多くある。そういったつながりを常々持つことでパフォーマンスはより成熟するし、より進化すると僕は思っている。悪い方向にも進まないし、ちょっと修正したいと思ったらその機会もすぐに持てるからね。
 ユヅルとの作業は驚きに満ちたものだ。彼は振り付けにも熱心に参加してくれる。中には、ただ言われたことだけをやる選手もいるけれど、彼は振り付けのプロセスの一部分を担ってくれていて、コラボレーションみたいで楽しいよ。スケーターと振付師の間にものすごいエネルギーが生まれるしね」
 やはりと言うべきか、1人で作るものよりも、優れた才能が結集して生まれた作品の方が輝きを増す。振付師が提案したものを実際に形にするのは選手。もしお互いのイメージに齟齬(そご)があった場合、そのずれはプログラムにも反映されてしまうだろう。だからこそ、バトルは「スケーターが気分よくできることをやるべきだ」と語る。
「たとえ僕が熱心にやりたいと思ったことでも、選手が『ちょっとできないな』と言ってきたら、話し合ってトライする時間を与えるんだ。『今はできないかもしれないけれど、2週間後にはできるかもね。僕を信じて、やる価値はあるから』というふうにね。もしくはユヅルが『こっちの動きの方がいいな』などと言うかもしれない。強調したいのは、選手と振付師にやり取りがあるということ。それが健全な関係だと僕は思っている」
 かつて名選手として活躍したバトルならではの考えだろう。お互いのコミュニケーションを密に取ることで、1つの作品を共同で作り上げていく。それこそ振付師としてのバトルが、最も重要視していることなのだ。

バトルの願いが込められた今季のSP
 五輪王者として臨む今季、羽生はSPの振り付けを再びバトルに依頼している。バトルが選んだのはショパンの『バラード第1番ト短調』。前作から一転、今度はクラシックのプログラムとなる。その意図はどこにあるのか。
「今回の曲に、ユヅルと音楽のコネクションをすごく感じたのがきっかけだったんだ。彼は今季、クラシックで滑りたいという方針を持っていた。曲を聴いたときに、『この音楽は彼のためのものだ』と、そう自分の心に話し掛けられたような感じがした。
 五輪で優勝した後なら、どのアスリートでもあらゆるところから引っ張りだこになる。あの人もこの人も『ぜひパフォーマンスしてください!』と群がってくる。この曲の冒頭は、まさにそういった騒がしい周囲との対比を示していると思う。僕はそのコントラストを出したかったんだ。今、彼がそういったちやほやされる環境の中でも、リンクに立って何の心配もせず自分のことだけに集中している状態を。それがこのプログラムのアイデアなんだ」
 10代で世界の頂点を極めた羽生は今季、かつてないほどのプレッシャーに苛まれるはずだ。世間の注目度も高く、他の選手からのマークもより一層厳しくなるだろう。そんな状況でも、自分を見失わず、さらなる飛躍を遂げてほしいというバトルの願いが、このプログラムには込められている。
 今回のSPでは、4回転ジャンプを基礎点が高くなる演技後半に持ってきている。ミスなく滑り切れれば、昨シーズン以上のスコアが出ることは確実。新生・羽生結弦のベールがいよいよ解き放たれる。

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