2015.10.28 - AERA - トロントでみた羽生結弦の変化 自らに課した課題は

AERA  2015年11月2日号

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カナダでの練習では、疲れても仲間と励まし合って笑顔に(撮影/野口美恵)

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練習中に何度もコーチのブライアン・オーサーと話し合う羽生結弦(撮影/野口美恵)

夏でも夜は気温が10度を切ることがあるカナダ東部の街・トロント。身を置くだけで気も引き締まり、練習に専念できる環境がある。今夏、そこには、練習中に何度もコーチのブライアン・オーサーと話し合う羽生結弦(ゆづる)の姿があった。
 以前は、自分だけに集中してジャンプを跳び、身体に覚え込ませていた。成功してもオーサーに目配せするのみ。ミスがあったときにだけ、アドバイスを受けるスタイルだった。しかし、今年は違うとオーサーは言う。
「結弦は去年、健康面で苦労したし20歳になった。自分の意見がまとまって、練習中に細かく伝えてくれるようになりました」
  4回転トウループを1本跳ぶとオーサーの元に行き、フォームについて意見を言い合う。話し込む2人にスケーティングコーチのトレーシー・ウィルソンが加わ り、今度は助走の話をする。そのうえで、スピン、ステップから続けて4回転を跳んでみる。すると今度はミス。再び3人で熟考を重ねる。とにかく、頭を使っ て練習しているのだ。
「昨季も本当はカナダに帰って練習したかったんです。でもケガや手術で帰れなかった。コーチもいないし、滑り込みもできない状況で、自分が何をするべきか深く考えるようにしていました。だから1年前よりは自分の意見を言えるようになったのかもしれません」(羽生)
 単独の4回転は習得済み。試合という環境でいかに成功させるかが課題だからこそ、あらゆるケースについて話し合いながら練習するスタイルが定着したのだ。オーサーの分析はこうだ。
「普段、選手とコーチは毎日会えるので、言葉にしないことも多い。でも、昨季の結弦は日本にいたので、メールで、言葉で伝えないとお互いのことが分からなかった。会えない分、結果的に、結弦の求めるスケートの練習を共有できたと思います」
 2人が決めた今季の挑戦は、“プログラムの後半に4回転トウループを入れる”こと。得意の4回転をより難しくして、基礎点を積み増す。だが、現役の日本男子が国際スケート連盟の公式戦で“4回転を後半に”成功させた例は、まだない。

「後半になると、呼吸、疲れ、緊張具合、すべてが変わってくるので、前半とは違うコツが必要になる」(羽生)
 ジャンプとは別に、羽生が自身に課したのは表現力の向上だ。ショートでは昨季と同じショパンの「バラード第1番」を使う。五輪シーズンまで使用した「パリの散歩道」では何度もショートの世界最高点を更新したが、昨季は一度もノーミスがなかった。
「『パリの散歩道』はいま思えば楽でした。ギターやベースなどいろんな音があって、感じたままに滑れば評価してもらえた。でもピアノは違う。去年、ショパンを自分のなかで表現しきれませんでした。シンプルなピアノの旋律に溶け込むような繊細な演技をしたいです」(羽生)
 どんな動きをすればショパンを体現したと言えるのか。羽生は考え続けた。7月のアイスショーで、ピアニスト福間洸太朗の生演奏で滑る機会を得ると、福間の演奏をインターネットで見て間合いを研究した。
「福間さんの指の使い方、身体の動かし方、間合いを見て、ショパンのイメージを作りだそうとしました。まだ自分は、物語がない“無”の状態から感情を生み出し、イメージを持つことができない。振り付けに動かされているという感じです」
 羽生はそう話し、より高い芸術性を求めて試行錯誤を続ける。さらなる高みを目指す、20歳のシーズンが始まる。

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