2015.11.02 – web sportiva - FS - フリーで挽回も2位。羽生結弦が自己分析した次戦への課題 (折山淑美)

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao

スケートカナダのショートプログラム(SP)でまさかの6位だった羽生結弦。しかし、トップの村上大介とは7・63差、2位のパトリック・チャン (カナダ)とは7・56点差。逆転を期して臨んだ10月31日のフリー、後半グループ第1滑走者だった羽生の滑りは、少し硬さがあった。

「今朝の公式練習から、かなりピリピリしていましたね。とにかく、過去にとらわれるじゃないですけど、ソチ五輪シーズンの世界選手権のような気持ちで『まず自 分を奮い立たせなくちゃいけない』というのもありました。ただそれが過剰になって、公式練習はちょっとそこにとらわれすぎてしまったのかな、という気もし ますけど……」

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SPの6位から、フリーでの逆転優勝を狙った羽生結弦

 羽生がこう話すように、午前中の公式練習では、いつもの羽生とは少し様子が違った。

 曲がけの練習が1番目ということもあり、早めに跳び始めたジャンプでは、トリプルアクセル+3回転トーループと4回転トーループをきれいに決めたものの、4回転サルコウで転倒。その直後の曲がけでは4回転サルコウは尻餅をつきそうになりながらこらえ、4回転トーループは空中で軸が動いてしまって転倒した。

間合いを取ってスピンとステップを飛ばしたあとの4回転も3回転になってしまったが、トリプルアクセルからの連続ジャンプは2回とも決めた。ただ、その滑りからは気持ちが入り切っていない様子がうかがえた。

 その後も、4回転トーループは、3回転トーループをつける連続ジャンプを含めて2回決めたが、4回転サルコウは4回挑戦して最後に1回決まっただけだった。その間も何かを考えながらゆっくりと滑っていることが多く、気迫が伝わってこない印象の練習になった。

「演技が始まる前はすごく緊張していました。朝の練習もそうでしたけど、(4回転)サルコウを6分間練習で跳べないのは本当に久しぶりだったので……。オータムクラシックではよかったですし、ここへ来てからもそんなに悪くなかったですが、今朝から悪くなったので、『どうしよう』と思いました。それでソチのシー ズンの世界選手権のときのように、『気合いで降りるしかない』と思ってやったら、何とかできました」

 こう話したように、羽生は慎重に滑り出した本番で最初の4回転サルコウを成功させると、続く4回転トーループも1・43点の加点をもらう出来できれいに決めた。

滑りやステップは慎重さも目立ってスピードは抑え気味だったが、後半に入っての4回転は右手を少しつくだけでこらえて2回転トーループをしっかりつけた。

 だが、力を使ってしまった滑りがその後のジャンプに影響し、それまで完璧だったトリプルアクセルの着氷が乱れ、2連続ジャンプのセカンドは1回転に。そして、3連続ジャンプは何とか3回転サルコウをつけたが、間の1回転ループが潰れたような感じになって加点は伸びなかった。

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フリーの演技後、自らの滑りを分析した羽生

 さらに、最後の3回転ルッツではエッジの後ろが氷に引っかかってしまい転倒。演技後、しばらく両手を膝について下を向き続けているほど疲れきっていた。

「フリーのルッツは感覚もよかったですけど、4回転を降りたら最後のルッツは気を抜いてしまってこけるというパターンは(過去に)よくあったので(笑)。今回は本当に最後の一滴まで絞り出すぞと思っていましたけど、アクセルの入り方はとくに2本目がぐらついてしまい、『よくあんな感じで跳べたな』と思うくらい力を使ってしまいました。だから、その次のループを跳んだ時点で、力を使い果たしていました」

SPが終わった後に客観的になって振り返った羽生自身の分析は、「そんなに調子は悪くないな」というものだった。2回転トーループを2回やってしまったから得点が伸びなかっただけ。だからフリーでは、ノーミスという結果を狙うのではなく、ひとつひとつの要素ごとに何を注意してやればいいか考えながらやるという、練習通りの滑りをすればいいと考えた。その結果、ミスはありながらも、後半の4回転で手をつきながらこらえることができた。

 羽生の得点は、オータムクラシックをわずかに上回る186・26点で、合計259・54点。前日のSPでの他の選手の状態を考えれば、逆転優勝も可能かと期待を膨らませた。

 そこに立ちはだかったのが元・世界王者のパトリック・チャンだった。

  この大会は朝の公式練習まではジャンプに不安定さを見せていたが、チャンはギアを一段上げたスピードで滑り出すと最初の4回転トーループ+3回転トーループの連続ジャンプを成功させ、不安があったトリプルアクセルもきれいに決めた。その後に予定していた4回転トーループは3回転に抑えたが、重厚なステップで会場を盛り上げると、すべての要素でGOE(出来ばえ点)の加点をもらう完璧な演技をして190・33点を獲得。合計を271・14点まで伸ばした。

 SP1位の村上大介も2度の4回転サルコウを決めて171・37点を獲得。羽生に次ぐ3位に入り、フリーは一転してハイレベルな戦いになった。

 チャンの得点は、技術点は羽生より3・18点低かったが、演技構成点はすべての項目で9点台を出して羽生を6・22点上回る95・16点。ソチ五輪前のチャンの勝ちパターンそのものだった。

 この結果について、羽生はこう分析した。

「フリーでも勝てなかったから正直悔しいですし、まだ『後半の4回転』にとらわれている自分がいるというのが現実です。僕はフリーでは4回転を3本やってトリプルアクセルも2本やっています。それに対してパトリック・チャン選手は4回転とトリプルアクセルは1本ずつで、4回転-3回転が入っているとはいえ3回転-3回転はないですし、アクセル-サルコウが入っているわけでもない。それを考えれば、ベースの得点は僕の方が高いですから、GOEで稼げなかったというのが反省点です。

 それに、演技構成点で6点以上の差をつけられたのが大きいです。たしかに今回(のフリー)は練習通りと考えていても、昨日の4回転の失敗が頭にあったので、ジャンプはすごく丁寧にやろうとして慎重になる部分があったので、スピードを出し切れなかった。それに、スピンもかなり抜いていたので、表現面でも出し切れなかった部分はあると思います。それを考えてもパトリック・チャン選手との差は明らかに離れすぎているので、もっと練習をして徐々に徐々に詰めていくしかないと思います」

羽生は演技を終えた後、「やっと集中を切ることができました。ずーっとビシッという気持ちでやっていたので」と笑顔を見せた。

 今回の羽生のフリーの演技を見る限り、まだプログラムを滑りきれていない段階といえるだろう。終盤こそ曲調が盛り上がって勢いがつくが、前半から中盤までの曲調は静かなため、自分の内面から発する気迫で盛り上げていかなければいけない難しいプログラムだ。

 SPの『バラード』も含めて、難しい表現に挑戦している今シーズン、スケートカナダでは自らの力で苦境を乗り越えながらも、チャンの復活を見せつけられた。この大会での2位は、羽生にとって間違いなく大きな刺激になったはずだ。

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