2015.06.13 - web sportiva - 今シーズンは「和風」。羽生結弦が語った新プログラムの狙い (折山淑美)

折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao

6月12日のドリーム・オン・アイス(新横浜)で、羽生結弦は、数日前に公表していたとおり、新シーズンのフリープログラムのアイスショーバージョンを初披露した。

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今シーズンのフリープログラムのショーバージョンを披露した羽生結弦 

笛と太鼓の音で力強く始まる、映画『陰陽師』に使用されている曲で、タイトルは羽生自らが『SEIMEI』と名づけた。あえて大文字のローマ字表記にしたのは、安倍晴明の名前にちなむとともに、「同じ発音の日本語が持つ、多様な意味を込めたいから」だという。

「今シーズンは、挑戦というか、自分の幅を広げてみようかなという思いがあって、いろいろな曲を聴いてみました。でも、なかなかシックリこないまま、自分に合うものは何なのかと試行錯誤しながら考えているうちに、『和ものもいいかな?』という思いが浮かんできたんです。それで日本のテレビドラマの音楽なども聴いて、海外の方々も観られるものがいいと思い(映画)『陰陽師』を選びました」

 この曲を選んだ羽生には、「たぶん今の日本男子で、”和”のプログラムを表現できるのは自分しかいないと思っている」という強い自負がある。自分だからこそ表現できる繊細さや、”和”の力強さ、体の線の使い方を突きつめ、「自分らしいプログラムにしていくこと」が今シーズンの挑戦のひとつだという。

 振り付けを担当したのは、昨シーズンのフリー『オペラ座の怪人』で初めて組んだシェイリーン・ボーン。今シーズンも彼女に依頼したことについて、羽生はこう説明する。
「彼女の振り付けのなかで、まだ自分の得意な動きが確実にできていないというか、お互いが完璧に理解し合えているというわけではないと思う。その意味では、ジェフリー・バトルさんに作ってもらった『パリの散歩道』(2013-2014シーズンのショートプログラム)を滑り込んで、自分のものにできたように(このプログラムも自分のものに)したい。それとともに、本当はこういうテイストの曲は日本人に作ってもらった方がもっと”和”の雰囲気が強くなると思いますが、あまりにも日本らしくしすぎるのはどうなのかな?という思いがあったので、日本人ではなく(カナダ人の)シェイリーン・ボーンさんにこの『SEIMEI』を振りつけてもらって、世界から見た日本の素晴らしいところもピックアップしていければと考えました」

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能や狂言の動きも参考にしているという羽生結弦 

こう話す羽生は、プログラム作りをする過程で、シェイリーン・ボーンと一緒に日本の伝統舞踊について調べたという。狂言や能の動きを見て、姿勢を振らさずに流れるように歩く動きや滑らかさは「スケートにも通じるものだと感じた」と言う羽生は、そうした動きを「これからの自分の演技の中に取り入れていきたい」と目標を語った。

 また、「アイスショーのスポットライトを浴びるときの照明と、試合の明るい照明では見え方も違うので完成形ではないです」という衣装については、平安時代以降、公家の普段着だった狩衣(かりぎぬ)をイメージしたものを選んだ。
このショーバージョンの『SEIMEI』は、フリー演技を1分半ほど短くしたもの。羽生は「(フルバージョンは)盛り上がるパートもあるし、もっともっとテンポの速いところも入っています。(そこは)あとの楽しみにしていたただきたいという意味も込めて、この長さにしました」と言う。

 今回のアイスショーバージョンでは、3回の4回転ジャンプを組み込んでいた。この日は最初のサルコウと後半のトーループで転倒したが、羽生はこう言う。

「サルコウの失敗の原因もだいぶつかめてきています。こうやってショーに高いお金を払って見に来てくださる方たちには申し訳ないところもあるかもしれないけど、僕はこのプログラムをみなさんに観られながら仕上げていきたいという気持ちがあります。もちろんいつも完璧にできるとは限らないですけど、こういう場をひとつひとつ乗り越えながら、課題を見つけて頑張っていきたいと思います」

 試合より狭いアイスショーのリンクで、難度の高い4回転ジャンプを3回も入れるというのは異例のことだ。羽生はそれをしっかりこなせるようになることで、昨年挑戦を決意しながら果たせなかった、「SPとフリーの両方で後半に4回転ジャンプを入れるプログラム」を、今シーズンこそ完成させたいと考えているのだ。

 今強く意識しているのは、「目の前のショーに集中して、このプログラムを滑りこなしていく」ということだ。それが、彼が常に大きなテーマとしている、「シーズンを通して全力でやり切る」ということにもつながっている。
 このショーのプログラムは「自分の世界に入り込み、自らの感情や体まで、すべてを溶け込ませるものにしたい」とも話していた羽生。とことん滑り込んでそれができた時、彼の中でこの新しいフリープログラムが完成するのだろう。

 今年の羽生は、アイスショーでも真剣勝負を続けている。

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