2012.12.10 - web sportiva - ベテラン・髙橋大輔を突き動かす若きライバルたちの進化(折山淑美)

折山淑美●文・取材 text by Oriyama Toshimi

全出場選手6名中日本人選手が4名までを占めたGPファイナル男子シングルは、最後の最後まで緊迫感に満ちたシビアな戦いが繰り広げられた。

 7日のショートプログラム(SP)で先手を取ったのは第2滑走の髙橋大輔だった。冒頭に、SPでは今季初めての成功となる4回転トーループを決めて波に乗り、得意のステップでは、切れとスピードのある滑りでロシア人観客をどよめかせるほど。ノーミスで演技を終えたのだ。

  その会場の盛り上がりが、後に続く選手たちの緊張感を高めた。町田樹(たつき)はジャンプのミスを連発して後退。小塚崇彦は、4回転トーループはきれいに 降りて終盤のステップなどもスケートが氷に吸いつくような重厚な滑りを見せたが、中盤のトリプルアクセルで転倒して髙橋に届かず。

 そして羽生結弦(ゆづる)は4回転トーループを決めて中盤のトリプルアクセルも余裕を持って跳びながらも、「公式練習の不安が出てしまった」と、続く3回転ルッツの着地でバランスが崩れた後に無理やり跳んだ3回転トーループで転倒してしまった。

 昨季世界選手権優勝のパトリック・チャン(カナダ)も4回転を跳び、スピードのある滑りを見せたが、スピードの出過ぎで3回転ルッツが2回転になるミスも。

 結局「順位は考えずに自分の力を出すことだけを考えていたのでビックリした」という髙橋が、チャンを3・02点抑えてトップに立ち、羽生が5・12点差、小塚が5・90点差で続くという展開になった。

「4回転は公式練習でもよくなかったし、直前の6分間練習でもベストではなかった。それでも降りられたというのは、調子が上がってきて動きと体がカチッと対応できているのかなと思う。でもSPの1位は予想していなかったので、明日はすごく緊張すると思います」

 こう話す髙橋に対して羽生は、「NHK杯の大輔さんと僕との7・85点差に比べたらすごく楽な心境。3位だがまだまだ挽回できる点差だと思う」と話して笑顔を見せた。

 そんな状況で迎えた8日のフリー。最初に会場に衝撃を与えたのは、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)だった。羽生とともにブライアン・オー サーコーチの指導を受けているフェルナンデスは、4回転サルコウ+トリプルトーループの連続ジャンプ、4回転トーループと4回転サルコウの単独ジャンプ と、合計3本の4回転を見事に決め、ノーミスで178・43点をマーク。合計258・62点という高得点を出した。

 しかし、練習仲間であ るフェルナンデスに刺激を受けたのか、4番滑走の羽生がその得点を上回る。4回転トーループを決めた後の4回転サルコウは2回転になり、トリプルフリップ でもロングエッジを取られたが、スタミナ切れを起こしたNHK杯とは違い、最後まで力を残して滑りきったのだ。

「NHK杯(のフリー)は4 回転サルコウを踏ん張って降りたから、肉体的にはかなり消耗していたと思う。今回一番の目標にしたのは、自信をつけることだった」と話す羽生は、昨季の世 界選手権で出したフリーのベストを3点以上上回る177・12点を出し、合計でも自己ベストの264・29点をマークしてトップに立った。

 続くチャンは冒頭の4回転トーループで転倒。そこから小さなミスはありながらも重厚な滑りを見せたが、最後にダブルアクセルに続けてトーループを跳んだ連続ジャンプが回数オーバーと判定されて0点になり、羽生を越えることができなかった。

  そして最終滑走の髙橋も、最初の4回転トーループで転倒。それでも、次の4回転トーループに成功すると、とっさに3回転トーループを付けて連続ジャンプに したが、この3回転は回転不足。続くトリプルアクセルも着氷を乱し、中盤のトリプルアクセルでも手を付くミス。この時点で、羽生の優勝の可能性が大きく なってきた。

 だが、最後までスピードを落さずに滑りきった髙橋の得点は、結局177・11点。合計で羽生を5・11点抑え、日本男子GPファイナル初優勝の勲章を意地でもぎ取ったのだ。

「日本男子初のファイナル優勝は嬉しいですけど、フリーは3位だったので、正直勝ったという気持ちになれないですね。ジャッジが評価してくれたのは嬉しいですけど、課題が残ったという気持ちの方が強いです」

 こう話す髙橋は、技術要素点ではフリー1位のフェルナンデスに5・71点、羽生にも1・74点差をつけられていた。だが芸術要素点はトランジッションの8・82点以外の4項目はすべて9点以上をマーク。総合表現力の差で羽生を抑えることができた。

 髙橋が今回のSPでもフリーでも口にしたのは、「優勝しようとか、何位になろうというのは考えず、自分の演技だけをしようと思っている」という言葉だった。そう発言した理由を聞くと、彼はこう答えた。

「自分が勝つためには周りを知ったうえで、それに左右されないで自分自身を保つことだと思う。中国杯では余計なことを考えて焦っていた部分もあって、いい結果につながらなかったので。まずは自分の演技をしなければ、勝つにも勝てないと思うようになったんです」

 大会に出て周りの選手の練習や演技をじっくり見るのは、「自分より優れているところを確認したいから」、そしてライバルと自分の演技を比較し、自分には「何が足りないかを明確に知るため」とも言う。

「例 をあげればパトリックの芸術要素点のすごさや、終盤になればなるほど(滑る)スピードが上がっていくスタミナのすごさ。それに羽生君のきれいに降りる4回 転も参考になりますね。自分に足りないものを知り、それを自分に合った手法で追求するのも、他の人に負けない速度で進化するために必要だと思う」と、髙橋 は冷静に自己分析する。

それに対して2位になった羽生は「世界選手権のように、フリーで1番になっての2位だったら嬉しかったですけど、今回はSP、フリーとも1番がな かったのが悔しいです。オリンピックに出るんだったら勝ちたいと思うし、そのためにはそのくらい(1番を)狙っていかなければダメだと思うんです」と強気 な言葉を口にした。

 チャンとフェルナンデスは21歳、羽生は18歳になったばかり。そんな若手の成長と進化に「刺激を受ける」という26 歳の髙橋は今季、最後まで体力に余裕を持って滑りきるためにと、4回転ジャンプの入りをこれまでより省エネで入る方法を取り入れるなど、細かな技術改良を 試みている。

 表現力を含めた総合力を、自分のペースでじっくりと上げることを目標にしている髙橋。それは昨季圧倒的な強さを見せつけたパトリック・チャンのすごさを認め、彼に追いつき追い越そうとするための挑戦であり、自分自身との戦いでもある。

 成熟しつつある髙橋の力と、若い羽生の勢いの激突。その厳しい戦いは、日本男子のレベルを世界の頂点へ押し上げようとする、原動力になるはずだ。