2016.11.11 - web sportiva - 「挑戦することに生きている」羽生結弦。だから今季も次戦に期待できる

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi能登直●撮影 photo by Noto Sunao

「去年のNHK杯やグランプリファイナルだけを見た人は、僕がすごく完璧に演じるスケーターだと思ってしまうでしょうけど、ずっと見てきてくださった人たちはたぶんわかっているように、僕がノーミスをすることなんて、これまでほとんどなかったですから……。その意味では、自分自身は挑戦することに生きていますし、そこからまた強くなろうということに、すごく情熱を注いでいます。限界はないと思ってやっています」

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次戦はNHK杯に出場する羽生結弦
 羽生結弦がこう話したのは、スケートカナダのフリーが終わった翌日の10月30日だった。ショートプログラム(SP)に使っている『レッツゴー・クレイジー』を作ったプリンスについて、何か研究をしたかという質問をされた時だった。彼はプリンスの、「失敗をしたことによって、成功するためのものが見えてくる」という言葉に感銘を受けたといい、「その意味でもすごく(この曲に)共感できた」と話していた。
 失敗を糧にして成長していく姿――。それはこれまでも羽生が経験し続けてきていることだ。2014年ソチ五輪シーズンには、王者パトリック・チャン(カナダ)にスケートカナダとエリック・ボンパール杯で負け続けた。

それでも、その経験を糧にして、自分がノーミスの演技をした時にチャンとどのくらいの差があるかを冷静に分析し、その差を埋める努力を続けた。そして、2013年12月のグランプリ(GP)ファイナルでは初めてチャンに勝利した。このプロセスが初出場でのソチ五輪王座獲得につながったのだ。
 そうした一歩一歩の進化から、一気に頂点まで登り詰める飛躍を見せたのは昨シーズンだった。GP初戦だったスケートカナダでは、後半の4回転の難しさを意識し過ぎてしまい、SPでは2要素が0点になるミスで6位と出遅れた。フリーでは後半の4回転を何とか決めて2位に順位を上げたが、1年の休養から復帰したばかりで難易度を抑えた演技構成だったチャンに、フリーでも届かなかった。
 羽生はその悔しさを糧に、SPでは4回転サルコウも入れて4回転を2本にするという、本来は次の段階に予定していた構成に変え、厳しい練習を積み上げた。そして、1カ月後のNHK杯で史上初の300点超えの偉業を果たした。だからこそ、今シーズンもスケートカナダの悔しさをバネにしたNHK杯への挑戦に期待が集まるのだ。
 だが、今シーズンが昨シーズンと違うのは、羽生が左足甲のケガで1カ月半の完全休養を取っていたということ。羽生自身は「ブランクがあったという意識はまったくない」と話すが、昨シーズンのような追い込んだ練習は体への負担が大きすぎるだろう。
 そんな状態で最も重要なのは、SP、フリーとも冒頭に跳ぶ4回転ループの質をどこまで上げられるかだ。ANAの城田憲子監督は「7月には4回転ループも軸が細くて完璧に跳んでいた」と言う。

 左足甲がまだ完治していない状態の中で練習を再開した羽生が、最初に跳び始めたのは左足に負担がかからないループと、比較的ラクなルッツからだった。その中で4回転ループを構成に組み込むと決めた彼は、そのジャンプの完成に集中したからこそ、完璧な4回転ループが跳べていたのだろう。夏場から練習ではSPをノーミスで何度もやっていたというが、その要因は4回転ループの完成度の高さにあったはずだ。
 9月の公開練習でも、彼が跳ぶ4回転ループと4回転サルコウは、これまで以上に回転が速くなっているように見えた。その理由を羽生はこう話していた。
「感覚的にはわからないですけど、やっぱりループをやることによって体の締め方が安定してきたというのはありますし、軸の作り方が安定してきたということもあると思います。それに何より、プログラムの中でループが一番難しいジャンプということになるので、サルコウは2番目の(難度の)ジャンプという意識があって、自信も生まれるのだと思います」
 4回転ループがきれいに決まるようになれば、他のジャンプにもいい影響を与える。そうなればオータムクラシックで話していた「ジャンプの切れであったりフォームだったりスピードだったり……、そういうものが効率よくきれいにできるようになれば、無駄に体力を使うこともなくなって、ミスもなくなると思います」という状態になるはずだ。
 SPの『レッツゴー・クレイジー』は、序盤のジャンプがきれいに決まれば気持ちも乗り、一気に突っ走ることができる、彼が得意とするタイプのプログラム。流れに乗ることができれば、3度目の300点超えへの期待も大きくなる。
 スケートカナダから1カ月。オータムクラシックで「ひと皮どころか10も20でも皮がむけて、『こういう羽生結弦を待っていた』という演技ができるように、楽しみながら練習をしていきたい」と話していた羽生が、NHK杯ではどんな演技を見せてくれるのか。その期待は大きい。

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