2012.11.25 - Season 12-13 Canon Interview
文・野口美恵(スポーツライター) 2012年11月25日、NHK杯後に宮城にて
NHK杯ではショートで自らの持つ世界歴代最高点を更新し、GPシリーズ初優勝。飛躍のシーズンを過ごす羽生結弦選手に、新拠点カナダでの生活、そしてソチ五輪への思いなどを聞いた。
ショート後の精神面に変化
NHK杯優勝、おめでとうございます。10月のスケートアメリカのショートで世界歴代最高点を記録し、今回もまた更新。手ごたえは?
地元宮城の試合で成長した姿を見せられたのは良かったです。スケートアメリカと同じようにショートでいい演技が出来て、マグレじゃないってことが嬉しいですね。フリーも、4回転ジャンプ2発を何とかまとめられたのが、成長した点です。
スケートアメリカでは、フリーでジャンプミスが連続して総合2位でした。今回、まとめられた理由は?
スケートアメリカの時点では、フリーはまだ不安が大きくて、色々なことが精いっぱいでした。練習でもパートごとに成功していても、全部通してノーミスの演技は出来ていなかった。アメリカの後はすごく練習してきたので、まだ完ぺきでは無いですが、心の余裕が少しだけありました。
ショートで歴代最高得点を出してから、精神面はどうコントロールしましたか?
アメリカでは歴代最高点っていうのをどう処理したらいいか分からなくて、「喜んじゃいけない、まだ明日があるから冷静に」って感情を抑え過ぎちゃったんです。結果として、フリーの6分間練習の直前に、溜めこんでいた気持ちの蓋がパコっと開いてしまって、頭が真っ白になって、どうしようってなってしまった。その状態のまま試合になり、ボロボロでした。だから今回は、ガッツポーズもして、すごく喜んでおきました。
ショートでいったん喜んでおいて、ショートのことを忘れようということですね。
そうです。すべてを受け入れて、しっかりフリーに切り替えようと。前回は嬉しい気持ちを抱えたまま抑えていたので、重たくなっていたんです。今回のやり方は成功しました。自分の中で落ち着いてフリーを出来たし、最初の4回転ジャンプが決まったのは大きかったです。決して調子が良かった訳じゃない中で、まとめられたと思います。
フリーは2種類の4回転
フリーの4回転は、トウループは成功、サルコウはステップアウト。2種類の4回転というのは、かなり難しいのでは?
4回転サルコウは本当に難しいですよ。まだ調子の差が激しいです。でも今挑戦しないでいつやるの、という感じなので、2種類挑戦しています。4回転サルコウはそう簡単に跳べるものじゃないので、今回は取りあえず立った、というだけで十分です。今のところ、4回転トウループの方が、助走から跳ぶタイミングまですべての軌道がイメージとして見えていて、自分の中のルーティンが出来ている状態。でも4回転サルコウは違う。自分としては同じイメージのつもりなんですが、ブライアン(コーチ)からは『毎回違うフォーム、違うタイミングで跳んでいる』と言われます。イメージがもっとコンスタントになれば成功率がどんどん上がると思います。
羽生選手は、ジャンプをイメージで跳ぶタイプでしたね。サルコウは、ビデオに撮影して見たりしていますか?
そうですね。僕は跳ぶ直前に、バッって頭の中に成功する軌道とかのイメージが湧いて、そこに身体を乗っけていって跳ぶ。だから口で指導されてもダメ。視覚で伝わってくるものが良いんです。ビデオとかを繰り返し見て、イメージを記憶します。でも自分が成功したサルコウは、アイスショーの公式練習のビデオぐらいしかなかったので、今は(同門生の)ハビエルを参考にしています。
ジャンプの選手から、基礎強化へ
ジャンプ力については、かなり自信がついたのでは?
僕のジャンプの原点はアクセルです。昔はアクセル(1回転半)を回りすぎて、調子がいいとダブルアクセルになっていた位です。アクセルは他のジャンプとは違って前向きに踏み切るし、これを跳べたら格好良いと思うんですよね。今はトリプルアクセルを確実に決められるから得点が伸びていて、底支えになっています。
世界的にみて、今自分はどんな立ち位置にいると思いますか?
僕は今、技術力の選手でしょう。今年の世界選手権で銅メダルを獲れたのも、ジャンプを跳べたからです。今季のショートが歴代最高得点になったのも、技術点のおかげです。でも、今季は演技構成点が思ったより出ていて、これはプログラムがすごく良いものだって事と、ジャンプを降りた後の流れが良くなったことだと思います。
ジャンプ以外の魅力が一気に増したように思いますよ。オフに練習拠点をカナダに移したことも大きな影響なのでは?
やはり世界選手権で3位になって、これをきっかけに自分のスケートを強くしないと、格を身に付けないと、と思ってカナダに行くことを決意しました。今はまだ、スケートの基礎の練習ばかりです。去年まではジュニアの滑りで、若さとパワーで滑っていたんです。でも世界のトップと争うには、大人のスケーティングが必要だと感じてます。
オーサーコーチの方針で基礎からやり直していますね。
まだ全部やり切れていないです。でも今までと違って、毎日スケーティングしたいな、と自分から思うようになりました。ターンとかストローク(前に滑る)だけでも、受けている風の感触とか、氷を押している感じが心地良いんです。あとグッと伸びる瞬間とかも出てきました。それにジャンプに余裕が出てきたのも、基礎の影響です。重心がしっかりしていれば助走が安定して、ジャンプの安定につながっている。それは自分にとって大きなメリットです。だからしっかり練習して感覚を身に付けたいです。
基礎の練習時間が少なかったのでしょうか?
今まで(仙台)は足りなかったと思います。以前はジャンプの練習に終始してて、ジャンプは目に見えて成長するのでトントン拍子にここまで来ちゃったんです。でも今になって、自分の上限を伸ばすために、基礎を鍛え直している。ブライアン(コーチ)に『ファンデーション、ファンデーション』って毎日言われます。でも僕としてはまだ化粧水の段階って感じ。化粧水があって、乳液があって、やっとファンデーションにたどり着く……という感じ。
基礎のもっと手前って感じですね。
そうです。火山で言えば、マグマが溜まるコアの部分を作っている。コアがしっかりあるから吹き出せる。今までは上辺だけで演技してた感じ。今年はそれを痛感しました。スケートアメリカのフリー、ガタガタの演技を体験して、あれで痛感しなかったら俺は本当にダメな奴ですよ。
フリーが失敗した理由は、やはりスタミナですか?
スケートアメリカもNHK杯も、ボロボロになったのは、スタミナ、精神面、集中力などの問題で、技術面の問題ではありません。4回転ジャンプを2発入れるのは、やっぱりしんどいですから。後半にジャンプが5つあるのも大変だし。若いのにどうしよう。でも、たくさん練習して慣れるしかないです。自分としては大分練習したんですけど、結果を見る限り、まだ足りないことが証明されてしまいました。
新振付師で新境地の演技
基礎練習も頑張っていますが、それぞれのプログラムの表現はかなり磨かれてきましたね。ショートのブルースは新境地なのでは?
ジェフリー・バトルから新しい魅力を引き出してもらっています。ジェフのプログラムから、今は滑りこんで自分のモノになってきて、80%くらいは完成した感じ。このプログラムは、新しいスタイルですよね。自分の中から大人っぽい雰囲気みたいのが少しでも出せているなら嬉しいです。
フリーは、デイビッド・ウィルソン振付け。こちらは完成したら面白そうですね。
まだNHK杯で40%位の出来です。でもこの時点で40%に行ったのは、僕としては十分かも。10月のスケートアメリカでは10%くらいで「演技をやろうとしてる」くらいでした。まだ表現できた世界観は無いです。
ジャンプとジャンプの間にも「つなぎ」の演技が詰め込まれた、超難度のプログラムですね。
さすがにアメリカの後、「つなぎ」を減らしてちょっと休めるようにしました。その分、やっとデイビッド流の演技が出せるようになってきました。片鱗くらいは。ただし、このプログラムはモダンバレエっぽい踊りなので、表現の幅が広がらないと表現しきれない感じです。(アイスダンスの世界王者)メリル・デイビス&チャーリー・ホワイトも「ノートルダム・ド・パリ」なのですが、あれを見ると、なんで俺は同じ曲をやってるんだろう、って気持ちになりますよ。素晴らしすぎる。あの世界観を僕も出したい。でも彼らのプログラムだから、参考にしかならない。なかなか大変です。
オーサーコーチとのレッスンはどんな感じですか?
ブライアンは予定をしっかり立ててくれるので、やりやすいです。明日はフリーのランスルー(通し演技)と、ショートのパート(部分練習)だよ、とか。今は「フリーを全部滑った直後にショートを途中まで」などの練習をしています。本当にしんどいけど、今まで逃げてた練習方法です。通しで練習しているので、ショートは明らかに体力に余裕が出てきて、フリーもだいぶ行けるようになってきました。自分では練習プランが立てられないので、自主練習する時でも、オーサーにプランを立ててもらっています。
アーティストとして、アスリートとして
今年はメディアの注目を浴びて、写真撮影の機会も増えましたね。
写真を撮られるのは好きなんですよ。雑誌の表紙撮影でスタジオに行ったのも面白かったし、色々ポーズをとったりするのも恥ずかしいけど楽しいです。
早くもトップスケーターの風格ですよね(笑)。やはりゴールは五輪の金メダルですか?
一昨年まではそうでした。でも東日本大震災があって、色んな人に支えられているうちに考えが変わりました。五輪の金メダルは子どもの頃からの夢でしたが、それはあくまでも具体的な目標。だから五輪の金があって、そこからがスタートです。プロのショースケーターとしてスケートの魅力を伝えるとか、支援活動とか、色々と広げていくためのスタート。みんなに恩返しをしないといけない。
「勝ちたい」ということより、「恩返し」というような気持ちが強くなってきたということですか?
もちろんアスリートなので勝ちたいです。どこまで闘争心を見せるか、っていうのは、以前よりは内に秘めておこうと思い始めてるんです。でも、こうして話しているのは試合後だからそう思うけど、試合前は「勝ちたい」っていうのが強いですね、やっぱり。スケーターって、「アーティスト」であり「アスリート」でもある。どっちの魂も捨てちゃダメなんだと思っています。