2016.11.28 - Number web - 「僕はまだ簡単なことをやっている」 羽生結弦がNHK杯で見せた“伸びしろ”。(松原孝臣)
「彼はとても賢い選手。もうオリンピック・イヤーに目を向けています」と語っていたオーサーコーチ。 (Asami Enomoto 榎本麻美)
笑顔があった。2日間ともに、演技を終えて引き上げてきたあと、穏やかな表情を浮かべていた。
その表情のとおり、羽生結弦は、スケートカナダから確かな前進を示し、NHK杯で優勝を果たした。
11月25日、ショートプログラムは『レッツゴー・クレイジー』。
白から淡い紫の衣装に一新した羽生は、冒頭の4回転ループこそ、挙動が乱れはしたが着氷。4回転サルコウ-3回転トウループのコンビネーションジャンプを成功させると、トリプルアクセルではGOEで満点を得る。
103.89――今シーズンの世界最高得点をマークした。スケートカナダより安定を増したジャンプもさることながら、全体の流れに“冴え”があった。
「ロックスターになった気分で滑った」と言う羽生は、演技を振り返ってこう語った。
「スケートカナダから比べて、成長できた部分が多々あり、自信を持って臨むことができました。日本ということもあり、非常にこのプログラムを楽しむことができたと思います」
一気に観客を興奮の渦に巻き込んでいった羽生。
翌日のフリーは、『ホープ&レガシー』。
ショートではバランスを崩した4回転ループで、回転軸が斜めになりながら成功させると、歓声と拍手が沸く。続く4回転サルコウをきれいに決める。
後半、4回転サルコウの転倒はあったものの、観客を引き込んだ演技に、場内の熱気は高まった。
得点は197.58、総合得点は301.47と300点を超えた。
「皆さんの前で滑れる喜びをかみしめながら滑りました」
ショートとはまた異なる心持ちで臨んだ羽生は言う。
「今回は(スケートカナダとは)まったく違う感覚で滑ることができた。日本だからこそかもしれないですが、お客さんの方を向いてアピールすることができました」
変化の要因の1つに、コーチのブライアン・オーサーとの話し合いがあった。
オーサー「トータルパッケージを大切に」。
今シーズン、4回転ループを取り入れるために、練習における比重がそこにかかっているようにオーサーには見えていた。それでも、「ユヅルはトレーニングで試したいことがありましたし、コーチである私は、選手のそうした思いをくんであげるべきだと思いました」と見守っていたオーサーは、カナダの後、羽生に伝えた。
「トータルパッケージを大切にしなさい」
羽生はそのときをこう振り返る。
「自分のスケート、プログラムへの考え方、ジャンプがどういうものかを話し合い、僕としてはジャンプが決まらないとトータルパッケージじゃないと伝えました」
トータルで大切にしたいという点で、両者の思いが実は一致していた。
実は、2人で細部まで話し合うことでもたらされた、新たなこともあった。
「4年目(実際は5年目)で言うのもなんですが、コミュニケーションの壁がだいぶ垣根のないものになってきました。練習の内容もよくなったと思います。内容というよりも、コーチとの息(が合ってきた)というか」
目指すべき方向と進み方を確認したことが、ショート、フリーともに、ジャンプでの修正だけにとどまらず、プログラムとしての魅力をさらに引き出す演技につながった。
羽生「ベースができていました」。
2日間を振り返れば、ショート、フリーともに完璧ではなかった。それでも300点を超える得点をあげることができた。
羽生は「ベースができてきました」と語る。そのベースが昨シーズンよりも高くなっていることを示している。同時に、羽生が何度も口にしていた「伸びしろ」をも感じさせる。
印象的だったのは、記者会見での言葉だ。
10月のフィンランディア杯のフリーで4回転に5度挑んだネイサン・チェン(アメリカ)について触れつつ、羽生は言った。
「僕の演技にとって、すごく自信になりました。というのも、僕はまだフリーに5回も4回転を入れることができていませんし、ループも完璧に決めているわけではありません。彼がルッツ、フリップを跳んでいるのを見て、僕はまだ簡単なことをやっていると思えました」
自分より難しいことをやっている選手がいる。だから自分はまだまだやれることがある、もっと伸びていける。
そう捉えられるところにも、羽生の強さがあらためてうかがえる。今シーズンのみならず、視野に入れている来シーズンの平昌五輪へ向けて、ここからの取り組みと足取りが、より楽しみになる2日間でもあった。
羽生、チェンを見て、さらに成長した田中刑事。
男子では、フリーで1度の転倒も含め、4度、4回転ジャンプを跳んだチェンが2位に入り、ポテンシャルの高さを感じさせた。
3位にはグランプリシリーズ初の表彰台となった田中刑事。
冒頭の4回転サルコウこそ着氷が乱れたが、続く4回転サルコウ-2回転トウループに成功。
「ジャンプが表情にもいい影響を与えました」
という言葉のとおり、曲とマッチした華麗なステップなど好演技を披露した。
「(羽生、チェンを見て)自分の駄目だったところを修正して、今以上の演技をしていかなければと思います」
1つの結果を残したことは、飛躍のきっかけとできるはずだ。
初めてのグランプリシリーズ出場となった日野龍樹は9位に。