2014.11.29 - web sportiva - 言い訳はいらない。羽生結弦が描く逆転優勝へのシナリオ(折山淑美)

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登直●撮影 photo by Noto Sunao

11月28日になみはやドーム(大阪)で行なわれたNHK杯男子ショートプログラム(SP)、最終滑走の羽生結弦の前の10人の演技が終わった時点 で、トップは無良崇人だった。「力を抜けば跳べるとわかっていたので、試合ではそれだけを意識していた」と言う無良は、4回転トーループ+3回転トールー プをはじめ、すべてのジャンプをクリアに跳んで86・28点。

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SP5位と、予想外のスタートになった羽生結弦

  羽生は、演技を確実にこなせば90点は出せるはずだった。しかし、冒頭に跳んだ4回転トーループで転倒してしまう。実は、この日の昼前の公式練習で4回転 トーループを5回跳んで3回成功させ、試合直前の6分間練習では2回跳んで2回ともきれいに着氷していた。とはいえ、中国大会での激突のアクシデントでケ ガをしてからまだ3週間が経過しただけであり、「1週間ほど休んでから滑った時は、体が痛かったので母や父とNHK杯には出られないかもしれないと相談した」(羽生)という状態。そこから急ピッチで仕上げてきた影響があったことは否定できない。

 ふたつのスピンを丁寧にこなし、後半のトリプ ルアクセルも完璧に決めたが、続く3回転ルッツからの連続ジャンプは最初の着氷でバランスを崩して手をついてしまい、次のジャンプは1回転が精一杯だっ た。その後のステップとコンビネーションジャンプでは持ち前の技術の高さを見せつけてレベル4を獲得したものの、ジャンプの失敗が影響して得点は78・ 01点。SP5位と予想外の結果となった。

「感想は『悔しい』のみですね。ルッツ+トーループは曲をかけて滑る時にはなかなか入らなかったので、そのジャンプが(そのまま)出てしまったと思 います。氷の上にあがった時に、(テレビ中継の)アナウンサーの方の声が少し聞こえたんですが、いつもはそうしたことはないので、少し集中力が切れていた のかもしれません。自分の甘さだったと思いますけど、曲がかかって息を吐いた瞬間には集中できましたし、周囲の人たちが考えているような痛みはなかったで す。だから、ジャンプの失敗は今の自分の実力だと思います」(羽生)

 それでも、SP前の公式練習で見せたジャンプの質は、3週間前の中国 大会より良くなっていたという印象だ。ウォーミングアップを終えてからルッツの入りを2回試したあとでクリアに決めた3回転ルッツは、中国大会の公式練習 時のような軸の緩みはなかった。3回転ルッツ+3回転トーループもきれいに決め、トリプルアクセルは、転倒や着氷の乱れもあったが、一度踏み切りのタイミ ングを確かめると完璧に跳んでいた。

 成功したジャンプに共通していたのは、力みのなさだった。今のコンディションを考えて体力温存の意味もあっただろうが、中国大会時の「跳ぶ!」という過度な力みが薄れているように見えた。

 6分間練習ではさらに力みのない踏み切りと回転で、3回転ルッツからの連続ジャンプも4回転トーループもきれいに決めた。万全と思える仕上がりだったが、本番ではまさかの失敗。その理由を、羽生は冷静に分析していた。

「昨日と今日の公式練習もそうですけど、曲がかかると力が入るので、その力みがパンクにつながっていると思ったんです。だから、今日の本番に向けては力を抜い てというか、リラックスして跳ぼうという感覚がありました。でも、本番の失敗したジャンプのスロー再生を見て思ったのは、逆に力が入っていないなというこ とでした。力を抜いてというのが、少し過剰な方向に行き過ぎた感じだったというのはあります」

どんな競技でもアスリートの身体は非常に敏感で、そのときのコンディションに正直に反応するもの。頭で「このくらい」と考えていても、心のどこかに不安が残っていれば、どうしてもそれがパフォーマンスに影響してしまうことが多い。

  今回、羽生はケガからの回復が必要だったため練習量が少なく、トコトン積み上げたという手応えはあまりなかっただろう。だからこそ「少し力を抜いて」とい う考え方に、身体が過剰に反応してしまったのかもしれない。羽生自身、大会前の会見で「大丈夫」と気丈に振る舞ってはいたが、まだ不安を抱えての出場であ り、頭の中のイメージと、身体の反応に少しズレがあったといえる。

 また、自分自身の中で「(ミスしたことの)言い訳を見つけようとしていたのではないか」と羽生は言った。「ケガをしたから練習ができていない。不安になるのはしょうがない」と。「だからこそ5位発進という結果になってしまったと、すごく反省しています」

「それに、中国杯の後『ファイナルへ行きたい』と思っていましたけど、今日のSPが終わった後で気がついたのは、『ここはファイナルじゃない、NHK杯だ』と いうこと。ファイナルに行くためといっても、今は今。この大会に臨んでいる今に、もっと集中しなければいけないと思ったんです。優勝とか3位以内でファイ ナル進出決定というのではなく、とにかく今日の試合の内容や課題を見直して、しっかり寝て体力を回復して、朝の練習をしっかりやって試合もしっかりやって と、ひとつひとつ区切りをつけてやっていかなければいけないと思いました」

 一方、SPで1位となった無良は記者会見でこう話した。

「羽生選手がこの場にいないのは信じられないし、ましてや自分がこの位置にいることも信じられない。ずっと彼と試合をしたいと思っていたし、あんな アクシデントがあった後でも、一緒に試合ができているのは僕としても嬉しい。今のポジションを明日のフリーでもキープしたいが、彼の強い心はフリーでこそ生きてくると思うので、それに負けないようにしっかりやるだけです」

 スポーツにおける強者の条件のひとつは、どんな状況でもその時の100%の力を発揮できること。その点で羽生は、トップスケーターの仲間入りをしてからのあらゆる試合で、窮地に陥った時ほどその強さを見せつけてきた。

「(今回は)ここまで突き落とされたというか、自分で突き落としたんですけどね」と言って羽生は苦笑した。

 王者がその本領を発揮するのはこれからだ。NHK杯でのフリーの演技に期待したい。

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