2014.12.16 - web sportiva - 連覇達成。羽生結弦が語ったGPファイナルの「収穫」(折山淑美)

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi 能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

バルセロナで行なわれたフィギュアスケートグランプリファイナルの男子フリー。羽生結弦は、最終滑走で今シーズンこれまでに見せたことがなかった完璧な演技を披露した。

 6分間練習では3回転ルッツの連続ジャンプや、トリプルアクセルからの3連続ジャンプを決め、4回転トーループと4回転サルコウもきれいに成功。そして臨んだフリーの冒頭では、本人が「跳んだ瞬間に『きた!』と感じた」と言うほど完璧な4回転サルコウを決めた。

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グランプリファイナルで連覇を達成した羽生結弦

  羽生は中国大会のアクシデントの影響を微塵も感じさせない演技で、続く4回転トーループもGOE(出来ばえ点)で2・71の加点をもらう完璧なジャンプ。 力強さとしなやかさを持ち合わせたステップで観客をわかせると、その後に3つ続く連続ジャンプも完璧に決め、優勝を確実にした。

 ただ、最後の3回転ルッツは回転不足で転倒。羽生は演技を終えた瞬間にペロリと舌を出して照れ笑いを浮かべた。

  それでも、ミスをしたルッツ以外はGOEでもすべて加点が並ぶ出来。技術点は4回転サルコウで転倒した昨年のグランプリファイナルを1・27点上回る 103・30点の高得点で、フリーでの自己最高記録を更新する194・08点を獲得。合計で2位のハビエル・フェルナンデス(スペイン)に34・26点の 大差を付けて、グランプリファイナル連覇を果たした。

「終わってみたら連覇、という感じです。僕にとってはギリギリで滑り込んだファイナル だったので(出場6人中6位)、優勝したいとは思っていたけど、連覇(するという意識)とは切り離されたものでした。連覇にとらわれることなく、今やるべ きことができたのかなと思います。NHK杯(11月)とソチ五輪(2月)は、どちらも『優勝じゃなければダメだ』という感覚を持って戦った試合でしたけ ど、それがいい経験になっていた」

ケガを負った後の激動の1カ月間を、「今思うと本当に幸福だったと思います」と言って笑みを浮かべる羽生。

「第一は中国でのアクシデ ントが、五輪が終わった次の年の出来事だったということ。それに、グランプリシリーズで、あのようなアクシデントを経験できる人はほとんどいないというこ ともあります。あんな状況に陥ったあとで、どういう風に練習していけばいいかというのを、何かつかんだような気がしました。それに、その練習をやるため に、どれだけ周囲からのサポートがあるのかということも実感できました。本当に感謝の気持ちでいっぱいでしたし、いい経験ができたと思います」

 また、グランプリファイナルへ向けては、身体の状態を見ながら調整をしていたシーズン初戦の中国大会前とは違い、確実に追い込めたという手応えもあった。

「もうやりたくないと思うようなハードな練習に耐えられた自分の身体や、それを支えてくれたトレーナーや家族にも感謝したい」(羽生)

 それとともに、試合に向けての調整面でも、会得するものがあったという。

 この日の試合前の公式練習に、羽生は5分ほど遅れて参加した。「公式練習で動き過ぎると疲れるというか、今まで公式練習で(練習の順番が)6人目のとき、曲をかけての練習でうまくいった試しがなかったから」というのがその理由だった。

  1番滑走からやっていく曲をかけての練習で、羽生は6番目である自分の順番になるまでリンクに上がってスケーティングで身体を慣らしていく。すると、身体 が温まってくるとジャンプを跳びたくなってしまい、そのままジャンプを跳んでしまうと、曲をかけての練習の時には疲れてしまっているという。そのため、練 習をスタートするタイミングを遅らせたのだ。

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フリーでは2種類の4回転ジャンプを成功させ、演技後に笑顔を見せる羽生

 また、羽生はグランプリファイナルに向けて日本で調整を続け、ブライアン・オーサーコーチが渡してくれたハードな練習メニューをひとりでこなしてきた。そのため、自分で判断してやってみなければいけない状況が増えた。

「ブライアンがやってくれるのはプランの提供だったり、精神面のコントロールですけど、それはあくまで客観的なもので、すべてを充足させられるわけではない。 家族との関係でも、自分でなければわからないことがあるように、そういう感覚的なところは自分で考えて、自分で見つけ出していかなくてはいけないと思うんです。

 今回いちばん良かったのは、演技前の練習でトリプルアクセルを初めてやったことです。今シーズン試合を経験してきたなかで、序盤は 何となく動ききれていない感覚があって……。3回転ループの確率が上がって、ミスはしない自信を持てるようになってからはループを試合直前に跳んでいまし たけど、(練習で)4回転ループも跳んでいる今では気を抜いても3回転(ループ)を跳べるようになっているから、それだけでは体が動かないという感覚が あったんです」

 実はそれは、大会前にひとりで練習していた時から感じていたことだった。試合をシミュレーションして少しきつめの練習をし た後、リンクから上がって10分間スケート靴を脱ぐ。その後に曲をかけた練習をしたが、フリー冒頭の4回転サルコウは一度も決まらなかった。そこで 「ウォーミングアップの方法が悪いのだろうから、何かを変えなければいけない」と考えていたという。

「練習でループがパンク(失敗)した瞬 間に『これはトリプルアクセルをやった方がいいな』と思って急遽やってみました。今の身体の状態だったらトリプルアクセルは確実に跳べるという自信があっ たので、ブライアン(・オーサーコーチ)に相談しないでやってみたんです。身体を締める感覚や回転速度が4回転に近いということもありますし。

そ れで今回も、リンクに上がる前に『(フリーの)試合の前にトリプルアクセルをやってみたい』とブライアンに言って、『いいんじゃないか』という許可をも らっていたんです。フリーの6番滑走といういちばん過酷な状況で4回転サルコウがきれいに決まったのは自信になりましたし、(同時に)演技直前にトリプル アクセルを試すことができた収穫は大きいと思います」

同時に羽生は「(今大会は)試合前にアクセルを入れたのがよかったけど、それが(12月の)全日本やその後(来年2月)の四大陸選手権や(3月の) 世界選手権となった時に、確実にいいかどうかというのはわからないと思います。今の自分の身体の状態で、バルセロナで開催されたグランプリファイナルだっ たからそれがハマッたというのはあると思います」と冷静に受け止めている。

 次の全日本選手権までは2週間弱。羽生はさらなるハードな練習 を覚悟しているが、「今はまだ少し無理をして身体を動かしている状態で、本調子ではないから」と、脚などの状態を考えて、シーズン当初に設定していた難度 の高いプログラムではなく、今回と同じ構成で全日本にも臨む予定だ。

 その後のプログラム構成の変更は「全日本後の状態を見て考える」という羽生。今回のグランプリファイナルと同じ構成の演技を最高の状態に仕上げることを目標に、王者としてのさらなる進化へ向けた挑戦が再び始まる。

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