2017.01.27 - 羽生結弦の発言にみるフィギュア4回転新時代

羽生結弦の発言にみるフィギュア4回転新時代
読売新聞編集委員 三宅宏
2017年01月27日 05時20分
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170125-OYT8T50107.html?page_no=1

1月22日に行われたフィギュアスケート・全米選手権の男子フリーで、ネイサン・チェンが史上初めて5度の4回転ジャンプを成功させた。男子フィギュアは複数の4回転ジャンプが乱舞する新しい時代に入ったといえる。昨年末のグランプリ(GP)ファイナルで4連覇を達成した羽生結弦は今季、チェンがまだ跳ばない4回転ループに成功、トウループ、サルコーと合わせて三つの4回転を持っている。「ジャンパーとしての羽生結弦」の今季の言葉から、4回転新時代を考察する。


故障明けに4回転ループ成功
 「自分にとって(4回転)ループは演技の一部だから、(オーサーコーチに)それをしっかりやりたいって話をした。コーチからは『トータルパッケージをすごく大事にしなさい』と言われた。僕は『ジャンプがきれいに決まらないとトータルパッケージじゃない』と伝え、彼も賛成してくれた。スケートカナダまではジャンプに集中して、スケーティングをおろそかにしたわけではないが、ジャンプのためのスケーティングをしていた。NHK杯に向けてはスケーティングとジャンプを一体化させてトータルパッケージを作っていこうと、そういう練習をしていた」(2016年11月26日、NHK杯男子フリー終了後)

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男子SPの今季世界最高得点でGPファイナルの首位に立った羽生。フリーは3位だったが逃げ切り、大会4連覇を達成した(2016年12月8日、若杉和希撮影)

 フィギュアスケートのコーチが「流れ(トータル)で考えよう」という場合、通常、ジャンプで無理をさせない(冒険させない)ことを意味する。それに対する羽生の反論がすごい。「ジャンプのためのスケーティング」とは4回転ループだけを指すのではないかもしれないが、新技に対する彼の並々ならぬ決意が伝わってくる。
 羽生は昨シーズンに左足を痛め、16年3月末の世界戦終了後に約2か月、氷から離れた。いくらオフとはいえ、これほどのブランクは羽生にとって初めてのことだった。幸いというか、ループは右足で踏み切って右足で着地するジャンプ。左足に一番負担がなく、ルッツとともに「早く練習することができた」という。
 新技の4回転ループを今季のプログラムに組み込むことに関しては、羽生は16年9月13日の公開練習時に「自分自身がこういう技術を持っているから、その上で、自分の最大限のパフォーマンスができるのはこういう構成と思って作った」と話している。「故障明けのシーズンという気持ちは全くなかった」そうで、五輪チャンピオンであることに飽きたらず、あくまでも進化を目指すのが羽生流なのだ。
 羽生は今季初戦に選んだオータム・クラシック(カナダ・16年9月30日)で4回転ループを着氷、「国際スケート連合(ISU)の公認大会で初成功」と認定された。

宇野昌磨は4回転フリップに成功
「世界初とか気にしなかった。4回転ルッツを先に跳ばれているので、その下の難易度のループを跳ぼうが、別にうれしくも何ともないので。すべてのジャンプでどれだけいいジャンプを跳んでいくか、すべてのエレメンツでどれだけいいレベルを取っていけるか、ってことをしっかりやることが、僕が一番すべきこと」(16年9月29日、オータム・クラシック前日練習)
 「初めて金博洋選手(中国)の4回転ルッツを生で見たときに非常にショックを受けた。こんなに簡単に跳べるなら、ループも簡単に跳べると思ってしまった」(16年11月25日、NHK杯男子SP後記者会見)

羽生が言うように、4回転ループは最高難度の4回転ではない。
 ジャンプには6種類の跳び方があり、4回転でいうと、基礎点の低い方から、〈1〉トウループ(10.3点)〈2〉サルコー(10.5点)〈3〉ループ(12.0点)〈4〉フリップ(12.3点)〈5〉ルッツ(13.6点)〈6〉アクセル(15.0点)の順番になる(アクセルだけは前方踏み切りのため正確には半回転多い4回転半)。
4回転の歴史を振り返ってみよう。
 まず1988年に、カート・ブラウニング(カナダ)がトウループに成功。続いて98年にティモシー・ゲーブル(米)がサルコーを、2011年にブランドン・ムロズ(米)がルッツに成功した。サルコー、ルッツはいずれも10年以上を空けての新技開発だったが、今季は羽生のループだけでなく、宇野昌磨も史上初の4回転フリップに成功している。時代は一気に、4回転新時代に入ったといえる。
 かつては、「4回転」と言えば(書けば)、こと足りた。「4回転」とは通常、4回転トウループを指していたからだ。しかし、こう種類が増えてくると、「4回転トウループ」「4回転フリップ」などと区別しないといけない。英語表記もかつては「quad」(4個、4回の意味)で簡単に済ませていたこともあったが、現在では「quadruple toeloop」(4回転トウループ)などと丁寧に書かれている。
 ループの羽生、フリップの宇野に比べて、ルッツのムロズの知名度は圧倒的に低い。これは、ムロズは総合力で劣り、芳しい成績を残さなかったからだ。世界選手権の出場は1度だけで9位に終わっている。この点、すでに世界選手権やGPファイナルなどの表彰台に立ったことがある実力者の羽生や宇野が新技に成功したことは意味合いが違ってくる。羽生が当初ショックを受けた金博洋は完全な技術先行タイプ。羽生や宇野といった表現力にも優れた選手がルッツに次ぐ難易度の新技を身につけたことは、技術点においても金のような「高難度ジャンパー」の優位性が消えたことを意味する。

選手はなぜ違う種類の4回転に挑むのか
 「4回転ループだとかサルコー、トウループってものは、もちろん基礎点は違うけど、4回転の種類が増えただけというふうに自分の中では位置づけている。『種類が増える=本数が増える』なので、そういう意味では、4回転ループだからどうのこうのとか、サルコーだから、トウループだからということではなくて、4回転は全部難しい。もちろん、印象は、やっぱり4回転ループが大きいと思うが、自分の中では割り切っている」(16年10月27日、スケートカナダ公式練習終了後)

 選手はなぜ、4回転に挑むのか。
 最大の理由は、得点が稼げるからだ。
 04~05年シーズンから採点法が、「6点満点からの減点法」から加点方式に変わった。新採点方式は、〈1〉ジャンプなどの要素ごとに基礎点が設けられる技術点〈2〉主に芸術性を評価するプログラム構成点――の両者を足して優劣を決める。
 プログラム構成点は5項目に分けられ、それぞれの上限は10点。ここで、点数を稼ぐには、ある程度の実績や「顔」が必要だ。即効性は低い。その点、4回転を跳べば確実に技術点を稼げる。獲得予想得点も自ら計算できるので、作戦も立てやすい。こうして、多少無理をしても4回転に挑む選手は増えている。
 一方で、羽生のような芸術性にも優れている選手にとっては、プログラム構成点は上限に近づいているため、こちらはこちらで、さらなる上積みが難しい。このため、得点を底上げするには技術点を上げるのが近道で、やはり、4回転に頼ることになるのだ。
 選手が違う種類の4回転を跳ぶのは、ルールによる制約があるからだ。
 男子フリーの場合、ジャンプは8度(うち3度は連続ジャンプが可能)跳べるのだが、同じ種類のジャンプを単独で2度跳ぶと2度目の得点は70%に減らされ、3度跳ぶと3度目は無効になってしまう。せっかく4回転を跳んでも減点されたり、0点にされたりしたらたまらない。このため、高得点を稼ぐには、複数の種類の4回転ジャンプに挑むことが必要になってくる。
 ちなみに、今季の羽生は、SPで2度の4回転(ループとサルコーからの連続ジャンプ)、フリーで4度の4回転(ループ、サルコー、トウループとサルコーからの連続ジャンプ)を組み込んでいる。

4回転は体力的にも精神的にもきつい
 「(フリーで4回転を4度組み込むことについて)負担は違う。気持ちの問題も違うし、僕の場合、4回転4本でトリプルアクセル2本なので。やっぱり4回転4本となると、まず1本目のループを降りたとしても『まだ3本ある』。後半に入っても『まだ2本ある。アクセルも2本ある』みたいな感じに思ってしまうところはあるので、そこら辺はもっとクリアにしていけなければいけない」(16年9月13日、トロントでの公開練習)

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ソチ五輪で金メダルに輝いた羽生。SPでは101.45点をマーク、五輪・ISU公認大会で史上初のSP100点超えを達成した(2014年2月13日、松本剛撮影)

 3回転ジャンプと4回転ジャンプではまず、疲労度が全然違う。
 だから、少し前までは、体力がある冒頭に4回転を組み込むのが常識だった。しかし、これだけ4回転が当たり前になってくると、普通に跳んでいては差をつけられない。このため、基礎点が1.1倍(4回転トウループなら10.3点→11.33点)になる演技後半に4回転を持ってくる選手も出始めている。羽生のフリーは4度の4回転のうち2度(うち1度は連続ジャンプ)が後半、2度のトリプルアクセルはいずれも演技後半でしかも連続ジャンプにつなげるという、極めて難易度の高い構成になっている。
 技術的には、4回転は修正の利かないジャンプ、と言われる。
 4回転ジャンプの成功経験のある元五輪選手によると、「3回転なら、たとえば踏み切りのタイミングが少しずれたくらいなら、その後の動きでカバーできるが、4回転では絶対に不可能」という。ひとつのミスも許されないわけで、4回転の連発となれば、精神的にもかなりきついだろう。

残るは夢の4回転半
 人類が成功していない4回転ジャンプは、4回転半のクアドラプルアクセルを残すだけになった。基礎点は15.0点で、最も低い4回転トウループ(10.3点)の約1.5倍もある。ISUはまだ5回転ジャンプを想定していない(規定に定められていないジャンプなので現行ルールでは跳んでも0点になる)ので、現段階では最高峰の夢のジャンプだ。
 最後に、GPファイナル優勝後の記者会見(16年12月10日)で、記者に「4回転半への挑戦は?」と聞かれた際の羽生の回答を紹介しておこう。
 「スケートを始めた時から、プログラムに4回転半ジャンプを組み込むのが夢だった。できると思う。練習して、可能なら、いつか試合で実現したい」