2017.03.04 - Number - 羽生結弦の“美”は国境を越えて――。四大陸選手権で目撃した国際交流。(松原孝臣)

YUZURINK中译

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羽生は同大会2位に終わったものの、その演技は各国のファンの心を確実にとらえた。(Asami Enomoto 榎本麻美)
 先日、平昌五輪を1年後に控え、テスト大会を兼ねた四大陸選手権が当地の江陵アイスアリーナで行なわれた。
 試合そのものの模様はすでに多くのメディアで伝えられているが、三原舞依の演技、男子の屈指の好勝負とともに、大会で印象的だったのは、羽生結弦を巡る現地ファンの熱狂だった。
 それは、2月17日の男子ショートプログラムを前に、すでに始まっていた。
 13日、仁川国際空港に到着した際は、100人余りのファンが出迎えた。羽生がいざ会場入りすると、14日に行なわれた公式練習にも多くのファンが来場し、その姿を見守った。
 日本からも多数のファンが現地へ駆けつけていたが、それらの場にいたのは、日本のファンのみではなかった。中国からも多数のファンが訪れていたし、韓国のファンも大勢いた。
6分間練習、演技、キスアンドクライに注がれる視線。
 大会が始まると、その熱狂ぶりは加速していった。
 リンクに登場すれば、観客席にはたくさんの国旗をかたどったバナーと、羽生の名前や顔写真を取り込んだバナーが掲げられた。日本の大会ではあまり見かけない色合いやデザインも目についた。その雰囲気からして、おそらくは日本、中国、韓国以外の国から訪れている人もいるように見受けられた。そして羽生にまつわるグッズを手に、身につけていた。
 羽生がリンクサイドに姿を現し、6分間練習でのジャンプに成功すると歓声と拍手が起こる。そして名前がアナウンスされただけでも、歓声が上がる。演技のさなかも、ジャンプに、スピンに、ステップ、1つずつの動作に拍手が起きていた。
 そして演技後には、キスアンドクライに情熱のまなざしを注ぐ――。羽生の表情やしぐさのひとつひとつに喜び、何度も表情を緩める人たちを数多く見た。まるで、羽生の一挙手一投足のすべてを見つめ続けているかのような、驚くほどの熱狂ぶりだった。

ボランティア、記者も羽生の一挙手一投足に注目。
 フィーバーぶりは、場内にとどまらなかった。
 大会運営に携わる韓国のボランティアスタッフの中には日本語のできる人もいた。その人々から「羽生選手はどんな人なのですか」と熱心に尋ねられることも多かった。
 また記者会見が終わると、中国や韓国の記者陣が、スマートフォンを片手になんとか羽生の姿を写真に収めようと殺到。羽生が動けないほど、その周りをグルリと囲んでしまうような場面もあった。
 言うまでもなく羽生はソチ五輪と世界選手権の金メダリスト、グランプリファイナル史上初の4連覇達成者、そして史上初の300点超えを達成した選手である。知名度は当然高く、名実ともにトップスケーターである。あれだけ多くの人が集まり、羽生を観たいと思わせたのも、その実績があるからだろう。
 だが四大陸選手権で目撃したアジア各国での熱狂ぶりは、それだけではないような気がする。中国や韓国などアジア圏で羽生ファンが続々と増え、これだけの熱狂を生んだのは、単なる実績だけではないはずだ。
 その熱狂を生んだのは、羽生その人の、独特のたたずまいではないだろうか。

“きれい”“美しい”という感覚は国境を越える。
“きれい”“美しい”という感覚は国境を越える、普遍的なものということだ。
 むろん全世界の人たちの価値観が一致するというわけではないが、文化的な溝を越えて最も伝わりやすいのは、「美」の感覚ではないだろうか。
 会場では「ユジュ」という発音で羽生の名前を呼びながら、日本人ファンに話しかける韓国のファンが多くいた。中には、道に迷っていた日本人に対し、現地のファンが微笑みながら丁寧に道を教えようとする光景もあった。国籍が異なるファン同士が、揃って熱を込めて見つめる目線の先には、いつも羽生の演技があり、たたずまいがあった。
 フリーのあと、速やかに行なわれたエキシビジョンが終わると、フラワーガールを務めた韓国の若いスケーターたちがリンクに出てきた。
 彼女たちが次々に握手を求め、記念撮影でもいちばん近くに寄ろうとした選手もまた、羽生だった。

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