2011.11.30 - sportsnavi - 羽生結弦、手に入れたシニアの戦い方 0.03点差を決めた冷静な戦略 (野口美恵)

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ロシア杯で日本人最年少のGPシリーズ初優勝を飾った羽生【森美和】
 GPシリーズ最終戦となるロシア杯。羽生結弦はショート2位からの逆転で、GP初優勝を決めた。ファイナル進出のためには優勝しかない背水の陣で、2位と0.03点差という、首の皮一枚での優勝。その0.03点には、羽生が1年かけて練り上げた「シニアの戦い方」が凝縮されていた。

「人並みではない」負けず嫌い
 小さい時から、負けん気の強さは頭一つ抜けていた。
「何か自分ができないと『悔しい』って思う気持ちが、小さいときから他の子とは一線を画していた」と阿部奈々美コーチは振り返る。

 小学校5年生の終わりから阿部コーチに師事。悔しさをバネにする驚異的な吸収力で、あっという間に5種類の3回転ジャンプを覚え、12歳で全日本ジュニア選手権3位。トリプルアクセルを手に入れると、13歳で同大会優勝。そして14歳の史上最年少でジュニアGPファイナルを制し、同シーズンの世界ジュニア選手権で優勝した。
「負けず嫌いです。手が届かないような高い目標を置いて、そのプレッシャーに耐えながらガーッと登っていくんです。手が届かないようなものを、絶対にやってやると思って耐えて、考え抜いて、つかみ取ることに達成感がある」

 負けず嫌いなどという簡単なものではない。どん欲な吸収力、何事にも耐える闘争心、あくなき探究心。頼もしいことこの上ない、アスリート向きのハートを持った選手として将来を嘱望された。

シニアの戦い方の必要性
 ジュニア王者として、鳴り物入りでスタートした昨シーズン。ジュニア時代の勢いのまま、派手なシニアデビューを果たすかに思われたが、表彰台から遠のいた。ジャンプの技術面は、「トリプルアクセルは安定、4回転も確率が高い」という男子トップレベルだったが、「勝ちたい」気持ちが空回りし、試合となるとジャンプミスが出るようになってしまったのだ。

 阿部コーチにとっては、初に等しい“シニアトップレベル”の教え子。コーチ自身も新しい戦略の必要性を感じていた。
「いけいけドンドンで良かったジュニアの時と違って、シニアにはシニアの戦い方がある。これからは冷静な判断、はやる気持ちを抑えることも必要になってくる。彼の気持ちのコントロールをしなければ……」
 ジュニアでは、感情が溢れる演技力やジャンプなどの能力で、一歩抜けることができた。しかし、シニアは高い能力を持った者の集まり。才能があるかどうかではなく、それをいかに試合で出すかの戦略が勝敗を分ける。

「他の選手から吸収したい」欲が裏目に
 昨シーズンのGPシリーズ、羽生の頭の中にあったのは「シニアのトップから、何でも吸収しよう」というどん欲なチャレンジャー精神だった。
 この「欲」が良い方に出たのが、GP初戦のNHK杯。公式練習で、高橋大輔や無良崇人らの4回転トーループを目の前で見た。
「すごい。4回転ってこうやるんだ! やっぱり生で見ると違う!」
 選手と同じ目線で4回転を見るのは初めてだった。練習の間に目で見て吸収すると、なんと本番で初成功を収めた。終わってみれば、総合4位と納得の結果だった。
「あの4回転の初成功で、試合中に他の選手から吸収しようという気持ちが、変に強まった」と羽生。

 そして2戦目のロシア杯。「欲」は裏目に出る。優勝候補は、パトリック・チャン(カナダ)。昨シーズン、飛ぶ鳥を落とす勢いで4回転をバンバン決め、さらに極上のフットワークで演技構成点(表現面)も高得点をたたき出していた。
「今世界で一番評価の高いパトリックに勝てば、僕が王者。ファイナルにも行ける」
 そう思うと、練習中、自分のジャンプの練習もそっちのけで、パトリックを追尾。エッジワークなどの軌道をすべてまねして、「こんなに深いエッジに乗っていたんだ!」「こんなにスピードが出ていたんだ」と実感した。阿部コーチは、「ちゃんと自分に集中して」と言ったが、その言葉も右から左へ。パトリックのことしか考えないまま試合を迎えた。
 そしてフリー。4回転トーループが3回転になってしまうと、そこからジャンプ変更のシュミレーションができず、同じ3回転ジャンプを繰り返し跳び、ルール違反の0点となったのだ。
「地に足が着いていませんでした。冷静じゃなかったです」と羽生。結果、総合7位に終わった。

阿部コーチから改めて「自分に集中できていない」と指摘され、素直に納得した。
「奈々美先生に言われたことは正しい。アイスショーなら良いけど、試合の最中にキョロキョロして他の選手から吸収しようというのは、タイミングが違う」
 ミスがあるほど、それをバネに成長していくタイプの羽生。反省を生かして、2011年2月の四大陸選手権は、自分に集中した演技で4回転をフリーで決め、高橋大輔に次ぐ2位と大健闘した。

中国杯で欲を出し、0.22点差で逃した表彰台

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ロシア杯・フリーの演技では冷静な判断を見せ、自ら勝利をつかみ取った【森美和】
「シニアでの戦い方」は次の段階を迎えた。
 今シーズンの中国杯。ショート2位で迎えたフリーの冒頭で、見事な4回転トーループを成功。しかし後半、トリプルアクセルでややスピードのない着氷から、無理やり3回転トーループを連続して跳び、転倒してしまったのだ。
「欲を出し過ぎました。精神的に落ち着いていなかったですね。勝ちたいからもっと点を取らなきゃって、焦っていました」と羽生。
 3位と0.22点差の僅差で表彰台を逃した。

 すかさず待っていたのは、阿部コーチからのアドバイスと次の戦略だ。
「欲を出し過ぎない! 連続ジャンプを2回転にして転倒しなければもっと点が出た。がむしゃらに跳ぶことが正解ではないのよ。4分半の間、その瞬間ごとに最良のものを判断していくことがシニアでは必要。つい欲を出してしまう、その弱い自分と戦いなさい」
 その言葉は羽生の胸に刺さった。負けん気の強さは、自身では長所だと思っていた。しかし冷静さを失わせて、足を引っぱる事もあると気づいたのだ。

「自分に集中、欲も出さない」
 そして迎えた今回のロシア杯。羽生は落ち着いていた。
「去年のロシア杯のように周りに気を取られず、完全に自分に集中していました。そして今年の中国杯みたいに欲が出たり焦っていなくて、冷静でした」
 1位のジェレミー・アボットと0.76点差で迎えたフリー。阿部コーチは「冷静に!」と最後の言葉をかけた。

 冒頭の4回転トーループで転倒。しかし諦めずに、続くトリプルアクセルを決めた。そして後半の3つのジャンプが羽生の新境地だった。
 予定では『トリプルアクセル+3回転トーループ+2回転トーループ』『3回転ルッツ+2回転トーループ』『3回転ループ』の3種類だった。
 中国杯では、このトリプルアクセルをギリギリで降りたあと、無理に3回転を連続して跳び転倒している。
 まずトリプルアクセルをクリーンに降りると「ここは3回転を連続でできる」と判断し、『トリプルアクセル+3回転トーループ』を成功。3つ目の2回転トーループは「3つ目は危険」と感じ、無理せずに止めた。
 続いて『3回転ルッツ』。降りた瞬間に「ちょっと感触が悪いから連続は止めよう」と感じ、あたかも単発ジャンプの予定だったような顔でチェック(ジャンプを止めるポーズ)を決める。
 そして最後の3回転ループに、「ここで確実に点を稼ごう」と2回転トーループの連続ジャンプを付けた。3連続にする手もあったが、無理はせず、『3回転ループ+2回転トーループ』に抑えた。

0.03差、薄氷勝利をつかんだ冷静な判断
 結果を見れば、転倒した4回転以外は、すべてのジャンプが加点。羽生の心の中ではさまざまな作戦と葛藤があったが、「すべてクリーンに成功した」とみなされたのだ。結果は0.03点差での優勝だった。

 2回転トーループは「1.3点」、1回転トーループは「0.4点」。どの連続ジャンプが不足しても、また無理して出来栄え(GOE)で「マイナス1〜3」がついても、なしえない優勝だった。冷静な判断で「質の高いジャンプ」をそろえたことが勝因だった。

「ルッツから無理に連続ジャンプを跳んだり、ループの後に欲を出して3連続にしていたら、ミスが出た可能性があった。中国杯の反省を見事にクリアして、瞬時に冷静な判断をしていた」と阿部コーチ。
 羽生も「後半までずっと冷静に、集中が続いていた。跳びたいという自分の欲に勝ちました」と、シニアの戦い方に手ごたえを感じた様子だ。

 表彰式でもらった初めてのGP金メダル。表彰式が終わると、すぐに阿部コーチのもとに駆け寄り、金メダルをその首にかけた。
「いつもメダルを取ったら、最初に奈々美先生にかけるんです。僕のルーティンみたいなもの。自分ひとりで勝ってるわけじゃないっていうのを忘れないために」

 集中力、冷静さという大きな武器を手に入れた羽生。「グランプリファイナルと全日本選手権でも、また課題が見つかるはず。それをクリアしてもっと強くなりたい」
 GP優勝を喜ぶどころか、頭の中にあるのは次の試合で何を吸収するか。そのどん欲さこそが、これからシニアを闘っていく彼の最大の武器になるだろう。

 

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