2013.11.19 - sportsnavi - 羽生結弦に満ちあふれる新しい強さ 18歳から19歳へ、変化する戦い方 (野口美恵)

GP2戦で王者と対戦 気付いた心

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カナダ、フランスで王者チャンと対戦した羽生。2大会を経て成績以上の手応えをつかんだ【Getty Images】

「集中の仕方が変わってきたのかも。バランス……ですかね」。フランスでのエリック・ボンパール杯(11月15〜17日)を終えて、あと3週間で19歳を迎える羽生結弦(ANA)は、自身の精神的な変化に気づき始めたという。それは、今季の羽生を語るうえで重要なヒトコトだった。
 今季、羽生はGPシリーズ2戦とも、世界王者のパトリック・チャン(カナダ)との対戦となった。チャンに対するライバル心は明確だ。昨季のNHK杯でマークしたワールドレコードの95.32点を、13年世界選手権でチャンに更新されている。初戦のスカートカナダ(10月25〜27日)の前に羽生は、こう息巻いた。
「絶対にパトリックには勝ちたい。昨シーズンはワールドレコードを塗り替えられてしまったし、悔しい!」

 発言だけではない。6分間練習ではチャンの姿が目に入ると、過度にワールドレコードを意識してしまった。結果、ショートはルッツが1回転になり3位発進。13年四大陸選手権から4戦連続でミスのある演技となり、自己ベスト更新は遠のいた。フリーも、4回転サルコウで転倒すると後半に向けて立て直せず、トリプルアクセルが1回転半に。チャンと約30点差の2位に終わった。
 練習拠点のトロントに戻ると、ブライアン・オーサーコーチの助言に耳を傾けた。
「ユヅルは心のエネルギーを使い過ぎている。何週間も前から、パトリックとの対戦に気合いが入っていた。もっとリラックスして、試合直前に集中することが大事だ」
 羽生もほぼ同様に自身を分析した。
「パトリックに勝ちたい気持ちが強過ぎたし、スケートアメリカの町田(樹)君の演技が良かったことも、プレッシャーになっていた。周りを見過ぎて自分のことが見えていない。もっと自分を客観視して、心や脳を自分のことに向ける必要がある」

ミス後に見せた大人の一面

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SPでは自己ベストを更新【写真:AP/アフロ】

 そう決意して臨んだフランス杯。試合前の6分間練習でチャンに気を取られることはなく、むしろ自分に集中しすぎて、珍しく他の選手にぶつかりそうになる場面もあるほどだった。
 ショートでは、直前に滑ったチャンが98.52点で自身が持つワールドレコードを更新。大喝采は耳に入ったが「自分に集中していた」と言い、落ち着いて氷に降り立った。4回転トゥループを含むすべてのジャンプを成功させると、自己ベストを0.05点更新する95.37点をマーク。昨年12月の全日本選手権以来、5試合ぶりとなるノーミスの演技だった。
「スケートカナダとは全然気持ちが違いますね。得点ではパトリックに及ばなかったけれど、自分の中でやりきったという気分。順位ではなく、自分ができること、自分が積み上げてきたものを本番で出そうと思いました」と笑顔を見せた。

 フリーは、さらに大人の一面を見せた。自身が最もこだわっている4回転サルコウは跳ぶ直前にミゾにハマる不運で1回転になり、得意の4回転トウループも焦って転倒した。しかし、ここからが違った。
「しょうがない、次を跳ばなきゃ」
 何度も自分にそう言い聞かせると、後半になるにつれてパワーがみなぎっていく演技で、4回転以外はパーフェクト。難しいステップからのトリプルアクセルや、気迫溢れるコレオシークエンス、安定感のあるスピンなど、後半の技には最高評価の「+3」を付けたジャッジもいた。終わってみれば総合263.59点、自己ベストまで0.7点という高得点だった。

勝ちたい、悔しい――でもまず自分の演技を

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フランス杯ではチャン(中央)に次ぐ2位となった羽生(左)。少しずつ変化を感じている。写真右は3位のブラウン【写真:アフロ】

「今までだったら4回転のミスで落ち込んでしまうところを、ちゃんと後半に向けて落ち着いて修正できました。今回の試合までハードに練習してきた効果です。練習では、ジャンプに集中するのではなく、スピン、ステップや振り付けを丁寧にやった上でジャンプを跳ぶという方法をやってきていたので、本番でもよく身体を動かすことができました」
 オーサーコーチも、目を細めてこう言った。
「今まではユヅルはジャンプに気を取られて、振り付けをちょっと省いてしまうところがあったけれど、今回は最後まで情熱的で強い滑りをした。ユヅルはまだ18歳。普通ならまだジュニアでもいい年なのにシニアのトップにいる。試合の経験を通して、少しずつ精神的に成熟していく時期だ」
 それに、といってオーサーは続ける。
「僕自身、五輪でメダルを獲ったのは22歳と26歳の時。もっと練習に自信を持ち、自制して試合に臨むのが、チャンピオンの心構えになる。そのガイド役として、彼を五輪に導きたい」

 試合から一夜明け、羽生はあらためてこう振り返った。
「パトリックという大きな存在がいても、流されずに自分の演技ができたのが大きな収穫。フリーは、4回転サルコウが決まれば技術点で100点を超える自信があります。高橋(大輔)君、町田君、パトリックと意識するのではなく、自分の演技をして結果がついてくればいい。勝ちたいですし、悔しいし、強くなりたいし、久々に金を見たいという気持ちもある。でも自分の演技をすれば絶対勝てる、自分に集中したいと思うようになった。バランスですね。集中の仕方がちょっと変わってきたのかもしれないって思います」
 世界選手権の表彰台に2年連続で立つ難しさも、世界記録を更新し続ける重圧も、18歳になって経験した。GPファイナルの最終日は誕生日だ。19歳の羽生結弦は、新しい強さに満ちあふれている、そう思わせる1戦だった。

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